甲状腺機能亢進症

甲状腺はのど仏の下に蝶が羽を広げたような形であります。のどには甲状軟骨という大きな軟骨がありますが、その上縁で飛び出したところがいわゆるのど仏です。甲状腺は甲状軟骨の側面から下にあります。甲状腺は2cmほどのもので15gくらいで軟らかいため触ってもふつうはわかりません。甲状腺腫などではこれが触ってもわかるようになってきます。甲状腺では甲状腺ホルモンが作られます。甲状腺ホルモンの主な作用は新陳代謝を活発にすること、すなわち食物に含まれる各種の栄養素を体内で利用できるようにします。このホルモンが低下すると新陳代謝が低下するために脈が遅くなったり、便秘をしたり、食べなくても太る、寒がり、髪の毛が抜ける、生理が多い、子供では身長が伸びにくくなります。過剰になると食べて燃やせる、脈が速い、汗をかく、手や指が震える、疲れやすい、暑がりで暑さに弱い、イライラする、下痢・軟便傾向、不整脈などの症状が出てきます。
 甲状腺機能亢進症ではほとんどの場合に甲状腺は腫れてきます。ただし腫れの程度と病気の重症度はほとんど関係ありません。若い人では動悸、甲状腺の腫れ、眼球突出といった3つの症状が出てくることがしばしばですが、高齢者ではこうしたものが出にくくなります。
 甲状腺機能亢進症では甲状腺ホルモンが上昇します。これにはT3とT4がありますが、この中でもタンパクと結合していない遊離型のfreeT3(FT3)、freeT4(FT4)が上昇しています。TSHはthroid stimulating hormoneの略で甲状腺刺激ホルモンです。これは脳の脳下垂体というところから出るホルモンで甲状腺ホルモンが不足すると増加し、過剰であると低下してきます。甲状腺ホルモンの骨格にあるサイロニンというものにヨードが3つついたものがT3、4つついたものがT4です。甲状腺ホルモンは甲状腺から血液中に分泌されるとほとんどが血液中のタンパク質と結合して存在しています。ところが実際に働く甲状腺ホルモンはタンパク質に結合していない遊離型(free)のものだけです。したがってFT3、FT4を測定すればよいのです。よくあることですが、FT3とFT4は正常なのにTSHだけが低下したり、上昇したりしていることがあります。その理由は検査結果のFT3とFT4の正常範囲は健康な人であればほとんどの人がその範囲内にあるという意味であって1人1人の個人差まではわからないからです。つまり健康な人の甲状腺ホルモン濃度というのはもっと狭い範囲に保たれていてその範囲が1人ずつ違うのです。検査値の正常範囲に入っていてもその人にとっては正常でないことがあるわけです。しかし、そんなときでも脳下垂体はその個人にとって甲状腺ホルモンが正常なのかどうかを判断できるので、もし甲状腺ホルモン濃度がその人にとって異常であればTSH濃度に変化が出てきます。血液中の甲状腺ホルモンが不足なのか過剰なのかを調べるときにはFT3とFT4をみるよりもTSHでみた方が感度は高いということになります。
 甲状腺機能亢進症ではFT3とFT4が増加しTSHが減少していますが、甲状腺ホルモンが高くなる代表的な病気は次の4つがあります。
 ①バセドウ病(Basedow病)(グレーブス病;Graves病ともいわれます);TSH受容体に対する抗体が甲状腺を刺激してホルモン値が高くなります。
 ②無痛性甲状腺炎;橋本病を基礎として起こる痛みのない炎症
 ③亜急性甲状腺炎;ウィルス感染で起こると考えられている痛みのある炎症
 ④機能性甲状腺腫;甲状腺の腫瘍が自立的にホルモンを産生します
このうちバセドウ病が最も多い疾患で90%を占め、あと5~7%が無痛性甲状腺炎です。したがって甲状腺機能亢進症はバセドウ病と考えてほとんど問題ありません。バセドウ病では甲状腺を刺激する自己抗体(TRAb; TSHレセプター抗体)が作られ甲状腺が腫大し機能亢進症になります。男女比では4~7倍女性に多く、小児から高齢者まであらゆる年齢層にみられます。出産で増悪することもあり遺伝性も指摘されています。バセドウ病では甲状腺腫大、眼球突出などがみられることがあります。まぶたの筋肉が緊張してまぶたがつり上がって眼瞼後退がおこり眼の後ろの脂肪組織の増加や筋肉の増大で眼球突出が起こります。眼球突出がみられるのは甲状腺機能亢進症のなかでバセドウ病だけです。若い人では動悸、甲状腺の腫れ、眼球突出があることが多く診断は難しくありませんが高齢者では体重減少のみが目立ち、動悸や眼球突出が目立ちにくく診断が困難なことがあります。バセドウ病の治療としては薬物療法、手術療法、放射線ヨード療法がありますが、一般には薬物療法が選択されます。甲状腺ホルモン合成を抑えるメルカゾールやプロパジール(またはチウラジール)を用います。妊娠、授乳時を除いてメルカゾールを使うことが多く、最初は多めに薬を用い(メルカゾールなら3~6錠、プロパジールなら6錠から開始)、3~6ヶ月で血中甲状腺ホルモンは正常域まで低下し、正常化した後に徐々に薬の量を減らし、甲状腺ホルモンが正常範囲内に維持できるようにします。TSHは送れて正常化しますので薬物量の指標にはなりません。バセドウ病では抗甲状腺剤投与の中止までに平均3.5年かかるとされています。投与中止の信頼できる指標はありませんが血中甲状腺ホルモン濃度及び血中TSHが正常で、血中TRAbが少なくとも1年間正常であることが最低条件となります。TRAbが陰性にならないと薬を中止しても再び症状が悪化します。TRAbが陰性の場合は75%は再発せず、25%に再発がみられます。いきなり中止するより一日おきに1錠を半年くらい続けるというように徐々に薬を減らす方がよいとされています。手術療法は若年者で早急に妊娠を希望する際や薬物療法で副作用が出る場合、コントロール不良な若年者、甲状腺が非常に大きい場合などで行われます。外科治療後のバセドウ病再発率は約20%といわれています。しかし手術療法では入院しなければなりませんし、手術痕が美容上問題となることがあります。放射線療法は日本ではあまり用いられません。放射性ヨードをカプセルに入れて飲んで、甲状腺を放射線で破壊する治療です。高齢者で薬物療法で副作用が出現した場合や心不全を併発している場合に行われます。放射線による副作用や癌の発生はほとんどありませんが治療後にバセドウ病眼症(眼球突出)が増悪することがあり、治療後約10年で約50%の人は永続的な甲状腺機能低下症となり甲状腺ホルモン剤を一生飲まなければならなくなります。
 無痛性甲状腺炎は自己免疫により甲状腺組織が破壊されて(橋本病)、甲状腺ホルモンが血液中に漏れることによって起こる甲状腺機能亢進症です。比較的軽度の橋本氏病により生じると考えられています。甲状腺機能亢進症状態は1から3ヶ月間持続します。甲状腺に蓄えられている甲状腺ホルモンは有限なので長くても数ヶ月で血液中の甲状腺ホルモンは低下し、逆に甲状腺機能低下症の状態が1から数ヶ月持続します。組織破壊は一時的で組織も回復してくるため、その後に甲状腺の機能は低下します。無痛性甲状腺炎では抗甲状腺薬を必要としないことが多いです。
 亜急性甲状腺炎ではウィルス感染で起こると考えられている痛みのある炎症ですが、その結果甲状腺が壊れてホルモンが出てくるものです。風邪のような症状の後に首のあたりが痛くなるわけです。治療には消炎鎮痛剤やステロイドが用いられますが治療しなくても3ヶ月で自然に良くなるとされています。
 機能甲状腺腫はプランマー(Plummer)病とも言われ甲状腺に出来た良性腫瘍がホルモンを分泌します。悪性のものはほとんどありませんが、手術で腫瘍を摘出する必要があります。また手術前に甲状腺の機能を正常にするために抗甲状腺剤を服用します。