心不全

心臓の働きが不十分だと、まず心臓拍出量を維持する仕組みが働き、拍出量の低下が抑えられるものの、体のいろんな部分に負担がかかり、症状が出現します。心不全とは病名ではなく、「心臓の働きが不十分な結果、起きた体の状態」をいいます。もちろん心臓の働きのうち、どの働きがどの程度低下しているのか、その低下が急に起こってきたのか(急性心不全)、徐々に起こってきたのか(慢性心不全)によって、心不全の種類や程度はさまざまです。それは心不全をきたす原因は一つではないからです。心筋梗塞や心臓弁膜症など、あらゆる心臓病はもちろん、例えば高血圧で長年、心臓に負担がかかっている場合などでも、しだいにその働きが落ち心不全の原因となります。心不全は現在、欧米ではトップの頻度の疾患で1,000人当たり7.2人とされています。生活習慣の欧米化が進む日本でも、ほぼ同程度に迫っていると思われます。このうちの約50%が、狭心症や心筋梗塞が原因となっています。ポンプの働きが落ちると、心臓が送り出す血液の量(心拍出量といいます)は少なくなります。その程度はまちまちで、当然ながら少なくなりすぎると生命にかかわりますが、ここでは軽い場合を考えてみましょう。人間の体はその危機に対応して、心拍出量の低下をくい止める手立て、つまりバックアップ(代償)機構を備えています。この機構は、少し弱った心臓でも、十分な血液を送り出すためにポンプの中の血液を増やして送り出す血液量を保ちます。その結果、心臓が拡大する(このポンプは多くの血液がかえってくるほど、多くの血液を送り出せる能力をもっている)、1回の拍出量が減った分、拍出回数(脈拍数のこと)を増やすなどの働きをします。こうした代償機構がうまく働いておれば、まず生命への危険はありません。ではポンプの中の血液をどう増やすのでしょうか。その手だては二つあります。全身の血液量は一定でも、手足の血管を収縮させて、その分、心臓や肺をめぐる血液を増やすのが一つ。もう一つは、全身の血液量自体を増やす方法です。この目的のために体の中では複雑な指令系統が作動することになります。心臓の拡大や脈拍数の増加、さらに指令系統の指令にもとづく全身の変化は、心拍出量が減るのを防ぐために一時的には有効です。しかし、長期的にはかえって心臓の負担となり、心臓の働きはますます低下し、はっきりと症状になって表れます。一般的には、症状が出る前から、水面下では病気は進行しています。「昨日まではまったく元気だったのに」ということでは、決してないのです。
 心不全の症状は、主にうっ血によるものです(うっ血性心不全)。左心と右心のどちらに異常があるかによって、体循環系と肺循環系のどちらにうっ血が出現するかが変わり、これによって症状も変化します。このことから、右心不全と左心不全の区別は重要ですが、進行すると両心不全となることも多くあります。また、治療内容の決定に当たっては、急性と慢性の区別も重要で前者に当てはまるのは例えば心筋梗塞に伴う心不全であり、後者に当てはまるのは例えば心筋症や弁膜症に伴う心不全です(念のため付け加えると、急性心不全が終末期状態としての心不全を指しているわけではなく、急性心不全は治療により完全に回復する可能性があります)。

①血液を送り出す能力の低下による症状;心拍出量が減ったのが原因で、「疲れやすい」「だるい」「動悸がする」など。
②血液のうっ滞によって起こる症状;血液を送り出す能力が低下すると、心臓から前方へ血液が進みにくくなり、心臓の後方、血液を受け取る側で血液のうっ滞が起こります。肺に血液うっ滞が起こると、息苦しさを生じ、体の各部分にうっ滞が起こるとむくみが生じます。肝臓に血液がうっ滞すると、とくに食後におなかがはったり、鈍痛をおぼえたりする場合もあります。肺は酸素を取り込み、二酸化炭素を体外に出す重要な働きをしながら、たくさんの血液を直接、心臓へ返しています。心臓のポンプ機能が低下すると肺に多くの血液がうっ滞し、血液のガス交換がうまくいかなくなります。この時の症状は、酸欠状態をイメージしてもらえばわかるように、「息苦しい」という訴えになります。こうした症状の出方は、心不全の重症度によって異なってきます。心不全が進行してくると、あお向けになって寝るとセキが続いたり、息苦しく、体を少し起こすと楽になったりします。患者さんは、風邪をひいたのではないかと思うようです。さらに進むと、夜、突然、息苦しくなって目が覚め、起き上がっても回復にしばらく時間がかかるようになります。この時、しばしば、喘息のようにヒュウヒュウ音がします。これは、すぐにも入院治療が必要な重篤な状態です。坂道を上ったり重い物を持ったりすれば息苦しくなる、体を少し起こすと楽になる等の症状が出現します。風邪、過労、ストレスが引き金になって急性心不全が起こることがよくあります。また、急性心不全が原因不明の突然死の原因になることも考えられます。一般に急性心不全の時は、入院を必要とすることが多く、安静が必要で、酸素吸入を行ったり、一時的に心臓の働きを高める薬を使ったりします。また、運動制限が必要ですが、安定期には、逆に負担にならない程度の適当な運動も必要です。高血圧は心臓の負担になるだけでなく、心臓の筋肉の質的劣化をきたしますから、そのコントロールは極めて大切です。狭心症や心筋梗塞が原因であれば、冠動脈に風船(バルーン)を入れて膨らませ、この動脈の流れをよくする風船治療や、冠動脈バイパス手術などが、心臓弁膜症では弁を人工弁と取り替える人工弁置換術などが必要になります。しかし、こうした治療も、すでに心臓の働きがかなり低下している場合は、効果に限界があります。拡張型心筋症という心臓の筋肉自身の病気の時は、原因は不明で根本的な治療法はありません。しかし、その原因がなんであれ、心不全の状態を少しでも改善する治療法は飛躍的に進歩してきました。慢性心不全の薬による治療としては、体内の余分な水分を取り除く「利尿剤」、心臓の働きを手助けする「ジギタリス剤」、心臓にかかる負担を軽くするアンギオテンシン変換酵素阻害剤などの「血管拡張剤」、長期的には心臓に障害を与えやすい神経やホルモンの作用を抑制する「ベータ遮断剤」などがあります。