胃がん

胃癌の治療、研究は世界で最も日本が進歩しています。これは日本人には欧米人に比べてはるかに胃癌が多いからです。中国、韓国などのアジアや南米に多いとされています。わが国の臓器別癌死因では胃癌は肺癌に次ぎ2位であり患者数は肺癌の2.7倍です。発症年齢は60歳代にピークがあり男女比は1.88:1 (若年者では女性に多い)です。地域別では寒冷地域や近畿、北九州に多い傾向が有ります。よく行われている胃癌検診の癌発見率0.1~0.2%です。2003年の日本における死者数は49,535人(男32,142人、女17,393人)で、男性では肺癌に次いで第2位、女性では大腸癌に次いで第2位でした(厚生労働省 人口動態統計より)。かつて日本では男女とも胃癌が第1位でしたが、死者数は年々減少しています。日本人の胃がん死亡数はあまり増減していません。しかしこの間、胃がんの好発年齢である高齢者の人口は増加しています。胃がん死亡数は、本来ならもっと増加するはずが、そうはなっていないので、死亡率でみると胃がんは減少しているというわけです。これは胃癌診断法の進歩とその治療法の画期的な発達によるものです。胃癌の発生過程でヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)の関与が示唆されていますが、はっきりした原因は分かっていません。ピロリ菌に感染した人の中で癌になる人はごくわずかですが、ピロリ菌に感染したことがある人の胃がんリスクは10倍とされています。その他喫煙、熱いものを食べる、焦げたものを食べる事などが関係しているとされていますが、確たるものはありません。胃がんはなかなか早期発見が難しい病とされています。多くの場合は、発見された時にはすでに癌の進行がかなり進んでおり、治療が難しいという状態です。これは胃がんは、初期の場合、自覚症状が全くないからです。なかには癌が進行しても特に自覚できる症状が現れないというケースもあります。胃がんが進行して最初に出る症状としては「胃がムカムカする」「食欲が無い」「吐き気がする」「胸焼けがする」といったものですが、通常はしばらくすると治ると思い、病院に来院しないケースがほとんどです。
自覚症状による胃癌の早期発見はほぼ不可能です。ほとんどの場合、早期癌の段階では無症状であり、癌が進行してからでないとはっきりとした自覚症状が出てこないことが多いからです。また、症状があってもそれほど気にならずに放置する場合が多くあります。胃癌は進行してくると次のような症状が出ててきます。腹痛、(胃部の)不快感 吐き気や嘔吐、食事後の胃部膨満感、食欲減退、体重減少、体調不良や疲労感、消化不良あるいは灼熱感(胸焼け)、吐血や下血・黒色便 などです。胃癌ではじめに出現する症状は上腹部の不快感、膨満感などであることが多いです。。これらの症状は癌以外の消化器疾患、たとえば慢性胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍でも認められ胃癌に特異的なものではないため、異常があってもがんであるとは考えず、発見が遅れることが多いのです。これらの他の上部消化器疾患の症状に続いて、胃癌が進行すると腫瘍からの出血に伴う症状が出現します。便が黒色となったり、軟便傾向となる。さらに胃癌からの出血がつづき、貧血が進行すると、貧血による自覚症状、たとえば運動時の息切れ、易疲労感などの症状が現れます。さらに進行すると腫瘍の増大に伴い腹部にしこりを触れたり、食物の通過障害、閉塞症状が現れることがあります。
 胃癌の肉眼的分類としては以下のようになります。
0型 表在型(病変の肉眼的形態が軽度な隆起や陥凹を示すに過ぎないもの)、1型 腫瘤型(明らかに隆起した形態を示し、周囲粘膜との境界が明瞭なもの)、2型 潰瘍限局型(潰瘍を形成し、潰瘍をとりまく胃壁が肥厚し周堤を形成し、周堤と周囲粘膜との境界が比較的明瞭なもの)、3型 腫瘍浸潤型(潰瘍を形成し、腫瘍をとりまく胃壁が肥厚し周堤を形成するが、周堤と周囲粘膜との境界が不明瞭なもの)、4型 びまん浸潤型(著明な潰瘍形成も周堤もなく、胃壁の肥厚・硬化を特徴とし、病巣と周囲粘膜との境界が不明瞭なもの)、5型 分類不能(上記分類に当てはまらないもの)です。
 また、0型については以下のような亜分類が用いられます。I型 隆起型(明らかな腫瘤状の隆起が認められるもの)、II型 表面型(明らかな隆起も陥凹も認められないもの)、IIa型 表面隆起型(表面型であるが、低い隆起が認められるもの)、IIb型 表面平坦型(正常粘膜に見られる凹凸を越えるほどの隆起・陥凹が認められないもの。または肉眼的に病変の存在を認めがたいもの)、IIc型 表面陥凹型(わずかなびらん、または粘膜の浅い陥凹が認められるもの)、III型 陥凹型(明らかに深い陥凹の存在するもの)です。0型では単一の分類型を示さないことも多い(隆起と陥凹が混在する、陥凹の浅い部分と深い部分があるなど)ので、そのときはより広い病変から+でつないで表現します(IIa+IIcなど)。浸潤の程度による分類では早期胃癌(粘膜下層にとどまるもので、リンパ節転移の有無を問わない)と進行胃癌(固有筋層以下に浸潤)に分類できます。したがって早期がんでもリンパ節転移があることがあります。しかし超早期であればまずリンパ節転移もなく内視鏡での治療も可能ですが、その時は全く症状がないということです。
日本人の胃がんは減っていると言われます。確かに統計でみると胃がん死亡率は減少しています。しかし、胃がんになる人の数(り患数)は、人口高齢化の影響で非常に増えています。つまり胃がんになる人は増加しているが、完治する人が多いため、死亡する人はあまり増加していません。日本人の胃がんは減っていると言われるのは、日本における胃がん早期発見・早期治療の進歩が著しい証拠と考えられます。しかし早期発見しないと癌ですから進行して手遅れになります。胃癌は胃壁のもっとも内側にある胃粘膜から発生します。進行すると他の臓器やリンパ節にも転移し、胃壁で成長した癌は食道や十二指腸にまでも到達します。胃癌の進行には4通りあります。すなわち、リンパ行性転移(=リンパ流にのって、胃壁に近いリンパ節から順に転移していく)、血行性転移(=血の流れに乗って転移する、胃癌は最初の血行性転移は肝臓が多い)、腹膜播種(ふくまくはしゅ)(=胃壁の外へ出た癌から、癌細胞が腹膜へ種播きされる)、直接浸潤(=胃壁の外へ出た胃癌が、他の臓器へ直接侵攻していく)の4通りです。粘膜層ではリンパ管や血管の発達がとぼしいので、粘膜内にとどまる早期癌は、まずリンパ節転移や血行性転移をおこしません。粘膜下層も深部まで(筋層に近いところまで)入った癌では、ときにリンパ節転移をおこす例があります。腹膜播種、直接浸潤は癌が胃壁の外へ出ないとおきません。かなり進行した病期で、残念ながら治療に難渋することが多いのが現実です。また、癌が胃壁を越えると肝臓、膵臓、大腸など他の臓器に浸潤し、肺や鎖骨上窩リンパ節あるいは卵巣に遠隔転移します。
 組織型としては、殆どが腺癌(胃小窩や胃腺に分化する円柱上皮幹細胞から生ずる)であり、稀にガストリン等の内分泌細胞から生ずる内分泌細胞癌(=高悪性度カルチノイド)が発症します。ごく稀に、腺癌とカルチノイドの両方の性質を持った癌が生じます。また、ごく稀に扁平上皮癌など、胃には無いはずの種類の上皮の癌が生じます(おそらく、化生した細胞を母地とする)。
 胃癌が身体の他の部位に浸潤・転移し、その先で同一種類の癌細胞からなる新しい腫瘍を形成すると、それは原発腫瘍と同一の名称で呼ばれます。例えば、胃癌が肝臓に転移した場合は肝臓にある癌細胞は胃癌細胞であり、疾患としての名称は胃癌肝転移となり、(原発性)肝癌ではありません(しかし、WHOなどが行っている各臓器の腫瘍の組織学的分類には、便宜的に「転移性腫瘍」なり「二次性腫瘍」なりの項目が設けてあるのが通常です)。胃癌と併発することが知られている卵巣のクルーケンベルグ腫瘍(Krukenberg tumor)は胃癌が卵巣に転移した癌です。この腫瘍は最初に発見した医師の名にちなんで命名されてますがが、胃癌と異なる疾患ではありません。クルーケンベルグ腫瘍の細胞は胃癌細胞であり、原発腫瘍と同一の癌細胞です。また、ダグラス窩に転移したものはシュニッツラー転移と呼ばれています。胃癌の診断のために病歴を問診したり、身体所見をとり画像診断や臨床検査を行います。しかし前述したように症状や身体所見だけでは胃癌の診断が出来ませんのでいくつかの検査が行われます。①上部消化管X線撮影(Upper GI series)、②上部消化管内視鏡検査(Esophagogastroduodenoscopy;EGD, 従来「胃カメラ」Gastroscopic examと呼ばれていたものです)、③便潜血検査(Fecal occult blood test)、④腫瘍マーカー血液検査:癌胎児性抗原(CEA:Carcinoembryonic Antigen)、⑤超音波内視鏡検査、⑥腹部CT(=Computed tomography)検査、⑦MRIはあまり使われないが、CTでの撮影が困難な場合に代用されます、⑧腹部超音波走査(「腹部エコー」とも呼ばれる) です。しかし胃癌の存在自体を確認するには胃内視鏡検査かバリウムによる上部消化管X線検査が必要です。③の便の検査や血液検査では早期胃癌の発見は難しいです。出血が多い癌でないと分かりませんし、大腸からの出血ほど感度が良くありません。④の腫瘍マーカーは相当進行した癌でないと異常値を示しませんし、⑥や⑦は胃の外に出てきた癌の転移をみるには有効ですが既に癌が進行した時しかわかりません。X線検査で異常が発見されたときも確定診断のためには内視鏡検査が必要です。内視鏡検査で、異常とおもわれる部位を発見すると、組織の一部を採取する生検(biopsy)が実施されます。生検標本は病理医に送られ、ホルマリンで固定後に染料にて染色され顕微鏡下にて癌細胞の存在の有無が確認されます。場合によっては癌抗原による免疫染色が施される場合もあります。生検とそれに続く病理検査が癌細胞の存在を確定する唯一の手段です。しかし時おり粘膜のみの生検では粘膜下の腫瘍組織を見落とすことがあります。また内視鏡検査も経鼻(鼻から挿入する胃カメラ)と従来の経口からの方法がありますが、経鼻式は早期がんの見落としが多いことが最も大きな問題で、また精密検査が出来ないため異常があればもう一度経口式でやり直さなければならないことがあります。また経鼻式はあまりテクニックがいりませんので熟練していない内視鏡医が行っていることが多く、さらに見逃し率が高くなる要因とされています。当院では胃内視鏡検査の際に前処置(薬を飲んでゴロゴロと身体を回転して胃の粘液を除去します)をする精密法を全例に行っていますので早期がん発見率が非常に高くなっています。このほかに現在カプセル内視鏡検査が使われることがありますがこれは小腸疾患の診断には有効ですが時間と費用がかかり、その精度の問題から現在胃の検査では実用的ではありません。鑑別診断には一般に,消化性潰瘍およびその合併症が含まれます。とにかく胃癌の診断には胃内視鏡しかないということです。
 検査で胃癌であることが確定すると、胃癌が胃のどの範囲に広がるか、どの深さまで浸潤しているを診断します。胃癌は肝臓、膵臓など近傍臓器に浸潤・転移することがあり、胃の周辺リンパ節への転移は頻度が高いのでCTスキャンや腹部超音波診断でこれらの部位を検査し、肺にも転移するので検査が必要です。これらを総合して病期(stage)の判定が行われます。これは治療方針決定に重要で、日本においては早期胃癌は大きさ、リンパ節転移に関係なく、深達度が粘膜内、粘膜下層にとどまるものと定義されていいます。
胃癌の進行度は、T:原発腫瘍の拡がり、N:リンパ節転移の拡がり、M:他臓器への転移の有無 の3つの指標で評価されます。それらの組み合わせを生存率がほぼ等しくなるようにグループ分けしたのが病期(Stage)であり、数字が大きくなるほど進行した癌であることを表します。国際的にはUICC(International Union Against Cancer)のTNM分類が用いられますが、日本では胃癌取扱い規約による病期分類が広く使用されています。たとえば胃癌取扱い規約によると、胃の固有筋層まで浸潤する腫瘍で(T2)胃壁に接するリンパ節(1群)のみに転移があり(N1)他臓器への転移がない場合(M0)、StageIIとなります。最終的な病期診断(Final Stage)は手術後に確定されます。外科医は主たる病変を切除するだけでなく、腹部の他の部位の組織サンプルや近傍リンパ節を郭清します。これらの全ての組織標本は病理医の癌細胞検査を受け、最終的な診断はこの病理検査結果を根拠にして決定され、手術後の治療が必要かどうか判断されます。
胃がんの病期(ステージ)分類は深達度はT1からT3の3つに、リンパ節転移はN0からN3の4つに(なし(N0) 1群まで(N1) 2群まで(N2) 3群まで(N3))に分類されます。
  T1 --粘膜/粘膜下層までの浸潤-- 1a期、 1b期、2期、4期
  T2 --固有筋肉層/漿膜下層までの浸潤-- 1b期、2期、 3a期、4期
  T3 --漿膜への浸潤-- 2期、3a期、3b期、4期
  T4 --周囲の臓器へ直接浸潤--3a期、3b期、4期
  (3群リンパ節への転移、もしくは、他臓器に転移のあるもの ( M1 遠隔転移のあるもの ) は 4期)
ステージごとの標準的治療法は以下の通りです。
1a期--がんは粘膜、または粘膜下層にとどまっており、リンパ節廓清をともなう外科手術を行うが内視鏡による切除手術などを行うこともあります。
1b期--がんは粘膜、または粘膜下層にとどまっていますが、リンパ節への転移は1群に及んでいるか、粘膜を越えて胃壁の筋肉層や漿膜下層に浸潤しています。リンパ節転移がある場合は、開腹手術を行います(胃の部分切除または全摘出、リンパ節郭清、胃の再建)。術前、術後に放射線治療を補助的に行うことがあります。手術が困難な場合は、化学療法や、放射線治療を行います。
2期--がんが粘膜下層にとどまっていますが、リンパ節への転移は2群に及んでいるか、筋肉層や漿膜下層に浸潤しているが、リンパ節への転移は1群までか、がんが漿膜に浸潤している状態です。
3a期--がんが、筋肉層や漿膜下層に浸潤しており、リンパ節への転移は2群に及んでいるか、 がんが漿膜に浸潤しているがリンパ節への転移は1群までか、周囲の臓器に浸潤しているが、リンパ節への転移はない状態です。2期とともにこれらは可能であれば、切除手術を行います。また根治的手術はリンパ節転移が広範に及ばない時に限られます。術前、術後に放射線治療を補助的に行うことがあります。手術が困難な場合は、放射線治療や化学療法を行います。
3b期--がんは漿膜に浸潤しており、リンパ節への転移は2群におよんでいる、または、周囲の臓器に浸潤しているが、リンパ節への転移は1群までの状態です。4期はリンパ節への転移は3群まで広がっている、または遠隔転移している状態で. 可能であれば切除手術を行いますが、その頻度は少なくなり対症療法、緩和療法を行う事が多いです。
 胃癌の治療はステージによって異なることを述べましたが、基本的に内視鏡的治療、外科手術、化学療法が基本となります。
1.内視鏡的治療
内視鏡的治療には、内視鏡的レーザー治療、光化学療法などがありますが一般的には次の方法が行われます。スネアと呼ばれる金属の輪を病変部に引っ掛け、高周波電流を流して切り取る方法(内視鏡的粘膜切除術;Endoscopic mucosal resection:EMR)や、専用の処置具を使ってより大きな病変を切り取る内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection: ESD)と呼ばれている方法があります。EMRは内視鏡下で、病巣粘膜の下に生理食塩水、あるいは止血のための 薬剤を含んだ 生理食塩水などを 注入して病変の粘膜を浮き上がらせ、スネアと呼ばれる輪状の針金、あるいは内視鏡で扱える細いナイフ のようなものを用いて粘膜を焼き切る方法です。胃ポリープの時に述べた方法と基本的に同じですが、ポリープは良性ですが、癌は絶対に取り残しがないようにしなければならないところが違います。EMRは、治療が比較的短時間ですみますが、一度に切り取ることができる病変が、スネアの大きさ(約2cm)までと制限があるのに対し、ESDでは専用の処置具を使い、より広範囲に病変を切り取ることが可能な治療法です。切り取られた病変は、最終的に顕微鏡でその組織の様子が確認されます。このように、ESDでは大きな病変もひとかたまりで取れ、また病理検査でのより正確な診断にも役立つと考えられています。開腹もせず、全身麻酔もかけず、順調にいけば20~30分で終了できます。ただし、大きな病変で、数切片に分けて切除する場合は 1~2時間かかることもあります。この治療で切除された病変を 2mm 刻みにくまなく検索し、病変のどこにもリンパ管や静脈への浸潤がないこと、 粘膜下層への浸潤がないこと、切り口にがんがなく完全に切除していることを顕微鏡的に確認できれば、リンパ節転移をとり残している可能性は極めて低くなります。万一、これらの所見があれば、通常の開腹手術を行います。合併症としては、出血と穿孔がありますが、仮におこった場合にも、内視鏡下止血や内視鏡下のクリップ を使った穿孔部閉鎖術が行われ、それらのために開腹手術を行うことはほとんどなくなりました。 早期胃がんのうち、以下の4条件をすべて満たすものは、リンパ節に転移している可能性が極めて低く、内視鏡的な局所の切除で十分治癒できると考えられます。 ①粘膜内に限局するがん、②組織型が分化型である、③病巣内に潰瘍、あるいは潰瘍瘢痕がない、④大きさが3cm未満である、の4条件です。 早期胃がんの再発が術後 10年前後でもおこりうることから考えて、内視鏡的治療の治療成績が評価されるのはこれからということになります。その際、22.外科手術
 胃の手術の歴史は古く、1879年、フランスのジュール・ペアン (Jules Pean) が、1880年、ポーランドのルドヴィク・リディギエール (Ludwik Rydygier) がともに胃癌に対して幽門側胃切除を試み失敗しています。初めて胃切除術に成功したのはドイツのテオドール・ビルロートで、これも胃癌に対して行われた幽門側胃切除で1881年のことでした。同年リディギエールが消化性胃潰瘍に対し幽門側胃切除を行っています。一方、胃全摘を初めて行ったのはスイスのカール・シュラッターで、1897年のことです。日本においては1897年(明治30年)、近藤繁次が日本初の胃切除を成功させています。
 第二次世界大戦後、周術期の患者管理の進歩、自動吻合器及び自動縫合器の発明、抗生物質の普及などさまざまな要因により外科手術の成績は飛躍的に向上しました。このことを背景に胃癌手術においては拡大手術が主流とりましたが、1980年代よりとくに早期胃癌を対象に縮小手術が試行され始めました。これは手術後の治療成績に関するデータが蓄積されてきたことと手術後の生活の質(QOL)の向上、医療経済の面からの要請が大きく、現在では腹腔鏡を用いた手術も行われるようになりました。外科療法は、病巣を含めた胃の切除、周辺のリンパ節の切除(リンパ節郭清)、食べ物の通り道の再建 からなっています。がんが進行していて、すでに腹膜などに転移している場合、主病巣である胃袋の切除と再建だけを行ったり、狭窄部位にバイパスをつくる手術が行われたりしますが、このような手術は姑息的(こそくてき)手術と呼ばれています。これに対して、少なくとも肉眼的には、完全にがんが切除できる場合に、胃の切除、郭清、再建のすべてが行われるものを根治的(こんちてき)手術と呼びます。
手術の切除範囲は次のように分類されます。
1.胃部分切除 (partial gastrectomy)-胃の一部を切除する術式です。
  切除する範囲は病変の位置により決定されます。
   噴門側胃切除(近位胃切除) (proximal gastrectomy)
   胃体部切除(分節状切除) (sleeve resection of stomach)
   幽門側胃切除(遠位胃切除) (distal gastrectomy)
2.胃全摘 (total gastrectomy)-胃を全て切除する術式です。病変の位置によっては食道や十二指腸を合併切除する必要もああります。図で切除部位は紫色で示しています。
 胃切除の範囲はがんの部位、進みぐあいの両方から決定されます。
リンパ節郭清が要らないがん、つまりリンパ節へ転移している可能性がほとんどないがんでは、理想的には内視鏡による病巣を含んだ胃粘膜の切除、それが難しい場合には、腹腔鏡または開腹により、胃のごく一部だけを切除する方法(局所切除)がとられます。リンパ節郭清が必要な場合のうち、がんの部位が 噴門に近い場合、または、がんが噴門の近くまで這ってきている場合は胃の全摘、がんの位置が 噴門と離れていれば幽門側胃切除が行われます。この場合、胃の2/3から4/5程度が切除されますが、胃の入口である噴門は温存され、ある程度の胃体部が残ります。がんの部位が噴門に近くても、比較的小さな早期胃がんの場合は、噴門側胃切除が行われることもあります。 しかし、胃酸の分泌をはじめ、胃袋固有の機能は、胃体部 (胃の上半部) を切除してしまうとなくなってしまうので、胃体部の大きながんに対して、わざわざ幽門前庭部(胃の出口側1/3 )を残すメリットは明らかにされていません。
つの問題があります。ひとつはリンパ節を郭清していないため、リンパ節再発、さらにそれを核とした全身再発が発生していないか、ふたつ目は病巣ぎりぎりで切除しているので、局所再発がおこっていないかということです。ESDではほとんど再発はないとされています。
胃がんの深達度に比例してリンパ節に転移している頻度が増し、より遠くのリンパ節まで転移している場合が増えます。2群リンパ節は転移頻度も高く、また切除効果も高いので、そこまで含めて切除する方法がD2手術と呼ばれ、現在の一般的な手術となっています。3群リンパ節の郭清効果はまだ評価が定まっていませんが、積極的に行っている病院もあります。胃の上部がんの2次リンパ節には、脾臓のすぐそばのリンパ節や、膵尾部(膵臓のしっぽにあたる左半分)にそったリンパ節が含まれ、胃とともに膵尾部や脾臓を合併切除することも、しばしば行われます。しかし、膵臓の切除後にその切り口から膵液が漏れたり、感染をおこして膿瘍を合併したりしやすいので、がんが直接膵臓に浸潤していない場合、 また、膵臓にそったリンパ節に明らかな転移を認めない場合には、膵臓を切らないでリンパ節だけ郭清する方法をとることが一般的になりました。脾臓は古くなった白血球、血小板、赤血球などを壊すところといわれていますが、乳幼児のころには 人間の免疫にとって重要な働きをもっています。成人でも、脾臓をとった後には、肺炎球菌という細菌に対する抵抗力が落ちることがあるといわれていますが、頻度は1%以下程度と推測されており必要以上に心配することはありません。むしろ、がんに対する脾臓の影響の方が大きいと思われ、進行がんでは、脾臓は腫瘍に対する免疫力を抑制する方向に働いており、胃全摘の場合、脾臓を合併切除する方がよいという意見もあります。早期胃がんでは原則的に脾臓は温存されます。この他高度の進行がんで膵頭部と十二指腸全長を胆管とともに切除したり、肝臓、横行結腸を合併切除することもあります。消化管の再建幽門側胃切除後は、残った胃袋と十二指腸を直接つなぎ合わせる方法(ビルロートI法)か、十二指腸断端を閉鎖し、残胃と空腸(十二指腸の次に来る上部の小腸)を吻合する方法(ルーワイ法)で再建されます。 これまで、再建の単純さと流れが生理的ということで、ビルロートI法が多く用いられてきましたが、この方法は縫合不全が多いことや、胆汁が残胃や食道へ逆流することから、再検討されはじめています。「胃角」といわれる胃の中央よりやや出口寄りの部位は、入口と出口が固定されている胃袋が、折れ曲がるところで、そこからこの名前が与えられていますが、この胃角付近に発生した早期胃がんは、胃の出口付近2~3cmの部位を出口の開閉を調節している神経とともに温存し、それと胃の入口側 1/3からなる残胃を吻合する「幽門保存胃切除」という方法で治療されることが増えてきました。幽門の排出調節機能を温存でき、後遺症の少ない手術です。しかし、3~4週間程度で回復しますが、14~15人にひとりくらいの割合で、術後早期の時期に、胃に食物が停滞し、なかなか食事が進まない方がいます。胃全摘は食道と十二指腸の間に腸を代用胃として入れる空腸間置法と、十二指腸断端を閉鎖してしまう方法に大別できます。各々に、まっすぐな腸管をそのまま用いる方法、空腸のループを用いる方法、 空腸で袋をつくり、代用胃(パウチ)とする方法などがあります。これらは術者の好みで行われている状況でどの再建法が最も優れているかを客観的に評価した十分なデータはありません。図は①幽門側胃切除後のビルロートI法による再建、②幽門側胃切除後のビルロートII法による再建、③胃全摘後のRoux-en-Y法による再建、④胃全摘後の空腸間置法による再建、⑤胃全摘後のRoux-en-Y法による再建、です。
手術の合併症
 通常のリンパ節郭清を行うと、幽門の開閉を調節している神経が切れてしまい、胃の出口が閉じたままになってしまいますので、胃全摘や幽門側切除では幽門も含めて切除します。そのため、手術後は食べ物が、胃や代用胃(小腸でつくることが多い)にたまっている時間が短く、食べられる量が少なくなり、かつ、早くお腹がすくという食生活のパターンになってしまいます。局所切除や、内視鏡的切除を選ぶことの意味は、胃の2つの門を残すことで胃の機能が温存できるので、従来とほとんど変わりない食生活ができます。しかしリンパ節転移のある確率が10%のがんの場合に、この治療を選択するということは、10人にひとりの割合で、やがてがんが再発する、ということになります。
一方、手術がもとで亡くなる確率は、全摘出でおよそ1%、幽門側胃切除で0.2%ですから、転移の危険性が1%程度の場合は局所的な治療を選ぶのも道理かもしれません。また、余病のある人では、手術の危険性は通常より高くなりますので、手術の危険性と後遺症、がんの再発の防止という観点から、どの治療法が最適かを担当医とよく相談することが大切です。手術のリスクと合併症胃がんの手術で、合併症として最も多いものは、膵臓周辺のリンパ節を郭清することによっておこる膵液瘻(すいえきろう:膵臓の分泌液である膵液が一時的に漏れる状態)です。膵尾部を切除した場合では40%、 膵臓は切除せず、脾臓と脾臓につながっている動脈を一緒に切除し、膵尾部周辺のリンパ節を完全に郭清する場合は約20%で発生します。いずれも胃の上部のがんでしか行われない手術法で、幽門側胃切除の場合は膵液瘻はまれです。次に問題となるのは、消化管をつないだ部分が漏れる縫合不全です。この合併症は手術後の死亡に最も結びつきやすいものです。10年前のデータでは、胃全摘や噴門側切除後の食道空腸吻合では、縫合不全が約4%ありましたが、最近の5年間では1%に改善しました。幽門側胃切除後、胃と十二指腸を直接つなぐ方法では2~3%、胃と空腸をつなぐ方法では0.3%程度です。手術後の在院死率(一度も退院できずに死亡する方の割合)としては、胃全摘後で1%、幽門側胃切除後で0.2% です。その他、腹壁の感染、肺炎、出血、腸閉塞などの合併症が1~2%みられます。手術後の後遺症では胃の手術を受けて一番大きく変わるのは食生活です。胃全摘や幽門側胃切除で、「速やかに相当量の食物を受けつけ、それらを一定時間蓄えて効率よく徐々に腸に送り出す」という、胃の本来の役割が損なわれてしまいますので、食物を早く食べることが難しくなり、同時に早くお腹がすくようになります。また、胃の出口が開放状態なので、食べ物が食後ただちに、どんどん小腸へ流れ込み、消化吸収されるので、血液中の糖分の値(血糖値)は食後急激に上昇します。それに反応して、血糖値を下げるホルモンであるインシュリンが大量に分泌されるのですが、そのころには 食物の糖源はすでにほとんど吸収された後ですから、血糖値はどんどん下がってしまいます。そのため、食後2~3時間のころに突然、脱力感、冷汗、倦怠感、集中力の途絶、めまい、手や指の震え、まれですがひどい場合は意識が遠のくようなことまでおこります。これを後期あるいは晩期ダンピング症候群と呼びます。これに比べてまれにしかみられないのですが、食事直後から30分以内に発現する動悸、発汗、め まい、眠気、腹鳴 (お腹がごろごろはげしく鳴ること)、脱力感、顔面紅潮や蒼白、下痢 などがおこることがあり、早期ダンピング症候群と呼ばれています。これは主として、糖分の濃い食物がそのまま腸に流れ込み、その浸透圧に反応して、多量の腸液が急激に分泌されておこる現象とされています。この他には、術後20~30%の頻度で胆石が発生し、またカルシウムや鉄分の吸収が悪くなる、といわれています。
 胃がんの抗がん剤治療には手術と組み合わせて使われる補助化学療法と治療が難しい状況で行われる抗がん剤中心の治療があります。抗がん剤の副作用は人によって程度に差があるため、効果と副作用をよくみながら行います。
(1) 手術療法(外科療法)で切除しきれない場合
転移があって切除できない場合や、手術後に再発した場合、抗がん剤が試されます。さまざまな抗がん剤が開発されており、腫瘍縮小効果(奏効率)の高い薬剤も出てきています。しかし、いったん小さくなった腫瘍もまた再燃しますから、完全に治ることはほとんど期待できません。副作用は必ずといってよいほど出ますから、効果と副作用をよく見極めながら抗がん剤治療を続ける必要があります。有望な薬剤の組み合わせとしては、フルオロウラシル+シスプラチン、メソトレキセート+フルオロウラシル、エトポシド+アドリアマイシン+シスプラチン、シスプラチン+イリノテカンなどをあげることができます。
(2) 再発を予防する化学療法(補助化学療法)
手術で切除できたと思われる場合でも目に見えないがんが残っていてあとで育ってくるのが再発です。これを予防する目的で行われるのが補助化学療法です。手術のすぐあとですし、治ってしまっている可能性もありますから、あまり副作用の強い薬は使えません。普通、飲み薬の抗がん剤(経口抗がん剤)が用いられます。補助化学療法が本当に再発を減らす効果があるのかどうか、これまで十分な証拠がありませんでしたが、日本全国の100余りの病院が協力して行った臨床試験で、病期IIとIIIの胃がん手術後にTS-1という経口抗がん剤を1年間服用すると再発が減るという結果が出ました(2006年)。今後は、これが標準的な治療として行われるようになると考えられます。
(3) 手術の前に行う化学療法(術前化学療法)
手術で切除できると思われるがんでも、まず抗がん剤で小さくしておいてから手術するほうが、より確実に切除できるかもしれません。あるいは、そのままでは切除できないかもしれないがんも、抗がん剤で小さくなれば切除できるかもしれません。これをめざして行うのが術前化学療法です。
しかし術前化学療法がまったく効果がなかった場合、単に手術が遅れるだけでなく副作用で手術の条件が悪くなることさえありえます。したがって術前化学療法を行うかどうかは、科学的根拠にもとづいて慎重に決定する必要があります。現在、さまざまな抗がん剤の組み合わせが試されていますが、米国では、さらに放射線照射を組み合わせる治療も試みられています。術前療法は有望ではありますが、まだ実験的な段階であることを知っておく必要があります。
 1999年から翌年にかけてTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)をはじめ、イリノテカン(商品名カンプト、トポテシン)、タキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)と新しい抗がん剤が相次いで進行・再発胃がん治療の現場に登場しました。そのなかでもその効果の高さから、現在の治療の主流になっているのがTS-1です。この薬剤は日本で開発された、やはり5-FUの進化型の抗がん剤で、体内で5-FUの抗がん成分を高濃度に保つ特性を持っています。副作用も5-FUに比べると軽微で、利用しやすい経口タイプであることも特長です。数種類の薬を併用して副作用を強く、作用を強くする工夫もされています。