高血圧

早朝は注意
昔からいわれていることに心筋梗塞や脳卒中は起床後の早朝に発症のピークがあるといわれています。最近の研究でも午前中に大きなピーク、夕方から夜にかけてもう一つ小さなピークがあり二相性のピークがみられています。一週間の単位でみると男性は月曜日の発症率が最も高く、土曜日と日曜日は低いようですが、女性あるいは主婦は休日の方がむしろストレスになっていることが示唆されています。朝方に発作を起こすことが多いのは睡眠中から覚醒・起床という行動パターンの変化につれ副交感神経から交感神経へ切り替わる自律神経の急激な変化が関係していると考えられます。副交感神経とは夜間に活発になる神経でこのため夜間は血圧が低下したり脈が遅くなるのがふつうです。また早朝から午前中にかけて血小板凝集能が亢進、線溶(血栓を溶かす)活性が低下するため、血栓ができやすいことも関係しています。夜寝る前にコップ1杯の水を飲むと血栓の形成をかなり抑えることができるともいわれています。また血圧の変動にはdipper(夜間睡眠中に血圧が低下する)、non-dipper(夜間睡眠中に血圧が高いまま持続している)、morning surge(朝方の血圧の急上昇)などがいわれていますが、なかでも朝方の高血圧には二つのタイプがあり、夜間から明け方まで高い状態が持続するsustained type(サステインドタイプ)とdipperから朝、急上昇するsurge type(サージタイプ)とがあります。サステインドタイプの場合は長時間作用型の降圧剤(1日1回だけ服用する薬)を使う必要がありますが、長時間作用型といわれていても実際には降圧効果が持続しないことがあります。こうした場合は長時間作用型の薬剤を1日2回以上服用する、または就寝前に薬を飲むという工夫が必要になります。一方サージタイプは夜間血圧は低く、朝血圧が急に高くなるものですが朝方のみの血圧上昇だけをうまく抑えられる薬は現在のところありません。しかしサステインドタイプもサージタイプも長時間作用型の降圧剤を使えば抑えることができ、サージを抑えるというよりはサージの傾斜(血圧の上がり方)は同じでも血圧のレベルそのものを下げることは可能なので降圧効果が持続しなければ服用の仕方を工夫すべきなのです。
 朝方、午前中の高い血圧を抑えることが重要であることからABPM(自由行動下24時間血圧測定;当院で行っています)を行うことが重要になります。簡便にはかる方法としては家庭血圧計で起床後2時間以内に1回測定することをお勧めします。もしそれで血圧が高ければ薬剤を工夫することによって朝方の脳卒中などのイベントを抑えることが可能となります。つまり普段血圧が正常と思っている人でも朝方の血圧の測定を行っておく方がよいのです。
 また早朝に散歩をされる方がおられるようですが、朝方に血圧が高い人がこの寒い時期に早朝に運動をするのは考えものです。血圧が高い方は運動前後に血圧測定をする方が安全です。
 血圧の薬は何でも一緒というわけではありません。作用時間もそれぞれ違いますし、作用機序も違いβブロッカー、ACE阻害薬、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬、利尿剤、カルシウム拮抗薬、α1ブロッカー、α2刺激薬等があります。これらについては近いうちに詳述しますが、専門医でなければ血圧の治療も難しいのです。 降圧剤の種類
 高血圧の治療としては食事療法、運動療法、心理療法などがあり、これらで十分な効果が得られない、または得られないであろうと考えられる場合は薬剤(降圧剤)を使用します。降圧剤には①降圧利尿剤、②交感神経遮断薬(βブロッカー、中枢性交感神経遮断薬、末梢性交感神経遮断薬などがあります)、③カルシウム(Ca)拮抗薬、④血管拡張薬、⑤アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、⑥アンジオテンシンⅡ(AⅡ)受容体拮抗薬があります。①の高圧利尿薬は長期服用で代謝に問題があることが多く使いにくいことも多いのですが、日本人は塩分をとりすぎていることから非常に有用です。ただ水分と塩分(NaCl)を体の中から出すことによって血圧を下げるものですから、トイレが近くなったりしますが、薬の値段は安価です。②の交感神経遮断薬のβ(ベータ)ブロッカーというのは心臓や血管のβ受容体というところに結合してその作用をブロックするものです。このため脈が速い患者さんや狭心症のある患者さんなどにも使いやすいものですが、心不全、気管支喘息、脈の遅い人に使用するときには専門医の知識が必要です。これにはメインテート、プラマテート、セレクトロール、セレプトロール、プルサン、ロプレソールなどの薬があります。αβブロッカーというものもありこれはβブロッカーにより代償的にα作用が亢進して降圧作用が減弱することがあるためにその両方をブロックするものでアルマール、ローガン、アーチストなどの薬剤があります。αブロッカーというのは冠動脈不全、心不全、腎不全、気管支喘息などにも使用しやすいものですが、拡張期血圧をよく下げる作用がありカルデナリンという薬剤があります。中枢性交感神経遮断薬は血管運動中枢のα2受容体を刺激して、全身の交感神経刺激を抑制して降圧するものでワイテンス、アルドメッドなどの薬剤があります。③のCa拮抗薬はあまり副作用がなく、多くの患者さんに第1選択薬として使いやすいのですが、心拍数をかえって上げたり、下げたりする薬剤があり患者さん個々に応じた選択が重要です。薬剤としては非常に多くの種類が発売されています。ノルバスク、アダラート、ニフェラート、コニール、アテレック、へルベッサー、ペルジピンなどです。⑤のACE阻害薬としてはコバシル、レニベース、レニベーゼ、タナトリルなどの薬剤があり、血圧を上げるアンジオテンシンをその変換酵素を阻害することによって減少させ降圧を図るものですが、最近その臓器保護作用や、抗動脈硬化作用、腎保護作用、肥大心の縮小作用などの利点が次々と発表されています。また糖代謝・脂質代謝などに悪影響もありません。しかし人によっては空咳がでるという副作用があることと、やや値段が高いというのが欠点です。⑥のAⅡ受容体拮抗薬は最近次々と開発されているもので直接アンジオテンシンの受容体と結合することによりアンジオテンシンの作用を下げて降圧するもので最近の報告では動脈硬化、心肥大、血管障害などを阻止する作用があるといわれており、空咳などの副作用もほとんどありません。このように薬剤にはそれぞれ特徴があり、誰がどれを飲んでもいいなどということは絶対にありませんから人に薬をもらったり絶対しないで下さい。また患者さん個々のそのときの状況、状態に応じて薬剤を少しずつ変えることもあります。そのあたりが専門医のさじ加減、“妙”というものです。また薬剤の値段もバラバラです。もし薬代が高い場合はそのように医師に申し出て下さい。薬が高いからといって薬を飲まなかったりするのがもっとも危険です。
血圧の薬は一生飲まなければいけないか
 時々高血圧の治療薬を飲み出すと一生飲まなければいけないとか言う人がいます。まただから薬を飲みたくないという方もおられるようです。血圧の薬を一生飲まなければならないかとういうと答えは“飲まなくても良い”となります。正確には“薬をやめれる人がいる”となります。多くの方は血圧が上昇してくるのは中年以降です。それは動脈硬化と年齢による代謝、運動機能などによります。したがって多くの場合は1日や2日で血圧が上がるわけではなく、徐々に上昇してきます。そうした人はたとえ血圧が170あっても全く無症状であることが多いのです。つまり体がそれに慣れてしまっているのです。したがって薬を飲んで血圧が下がったからといってやめればすぐに元に戻ってしまいます。体を正常血圧(140以下)にならすのには時間が必要なのです。多くの場合は3年はかかります。3年くらい正常の状態が続くと薬を減量または中止できる人がおられます。しかし歳とともに動脈硬化は進みますから、また血圧を上げる素因がその人にあることが多いので注意深く薬を減量していかなくてはなりません(これが医師の技量によるさじ加減といえます)。また血圧による変化がすでに起こってしまっている方、具体的には心肥大、心不全、腎機能障害、狭心症、脳動脈硬化症などがおこっている方はずっと飲み続けなければいけないことが多いです。これはそうしたものがなかなか元に戻らないからですが、薬をやめることによって明らかに寿命は短縮します。また糖尿病、高脂血症、痛風などの病気が一緒にある方は厳格に血圧をコントロールしなければなりません。
 一生自分は薬を飲まなければならないのかと悲観される方もおられるでしょうが、薬を全く飲まないで“自分は元気だ”と思っている人より2週間に1度医者にかかって薬をもらっている人の方がはるかに長生きしているのです。最近の高血圧の薬は多種多様な良い薬があります。それを飲まないで高血圧を放っておくということは21世紀に住んでいるということを否定するのと同じです。現代にはいい薬があるのにそれを飲まないということは戦前、明治時代あるいは江戸時代の人と同じということになります。当時の平均寿命は60歳もありません。ファックスやEメールあるいは携帯電話のある現代で飛脚に手紙を頼んでいるのと同じ事です。どうしてこのように進歩した現代医療の恩恵を受けないのでしょうか。せっかく21世紀に生きているのですから、最先端の医療を受ける方がトクというものです。“血圧が高い”というと隣近所の人、友達が“薬なんか飲んだら一生飲まなあかんようになる”というかも知れません。しかしその人はあなたの寿命に対して責任を取ってくれるのでしょうか。その近所の人はあなたを殺そうとしていると考えて下さい。本来なら“きちんと医者で診てもらえ”というのが本当ではないでしょうか。薬を飲まない方が確実に早く死にます。少なくともきちんと2週間に1度医者にかかって薬を飲み続けている人の多くはいわゆる寿命を全うできると考えられています。
家庭血圧の測り方
 家庭で測る血圧計には3つのタイプがあります。上腕で測るタイプ、手首で測るタイプ、指で測るタイプです。この中で指で測るタイプは上腕で測るタイプと生理的に違っていて誤差もかなり大きいということで現在はほとんど製造もされていません。手首で測るタイプは大きな問題がいくつかあります。手首の位置が右心房の位置に来なければいけませんが、実際にはもう少し低い位置で測る人が多いことが一つです。さらに手首には橈骨と尺骨という骨があり手掌側には腱もあり、こうした硬いものがあることで圧迫しても十分に血流を遮断できないということがあります。こうしたことから高血圧学会では上腕で測るタイプを推奨しています。腕帯は軟らかいものがどのような太さの上腕でもマッチしてよいのですが、実際に測る際にはある程度硬くて形のできているものの方が測りやすいということがありますのでその方が正確に測れる場合にはそれでもよいといえます。精度については年に1回くらいは水銀のものと比較する必要があるとされています。一般には水銀計と5mmHg以内の誤差ならよいとされています。市販の血圧計は測定原理が異なっていますので誤差が出るわけです。一般的に発売されているのはカフオシロメトリック法で動脈の拍動をカフの内圧の拍動でとらえて測るという方法です。当院の外来のように水銀血圧計で測っているのはコロトコフ法といってコロトコフ音で上の血圧、下の血圧を出しています。
 実際に血圧を家庭で測る場合は最低、朝と夜の2点で測る必要があります。朝の場合は起床後1時間以内の排尿後に1~2分の安静後に坐位で測ります。また朝食前、服薬前に測定します。起床後1時間以内にする根拠はありませんが、毎日測定するということになると朝の忙しい時にはこれくらいの時間の幅が必要ではないかということです。排尿後というのは排尿を我慢すると血圧が上昇するためです。1~2分後というのは教科書的には3~5分ということですが朝の忙しいときにはこれも難しいので少なくとも1~2分の安静の後に測定するということです。食前というのは食事中は血圧が上昇し食後には一過性に血圧が低下するため条件を統一するためです。夜の場合は食事、アルコール、入浴によって血圧が変動しますので眠前に測るということになっています。アルコールで血圧は低下し、脈拍は増加します。
 測定回数は1回に少なくとも1回測ることになっていますが、これは毎日測定している場合で時々測定する場合は1回に2回以上、できれば3回ぐらい測って2回目と3回目の平均をとったり2回であればその平均という形で出すのも良いでしょう。