睡眠時無呼吸症候群

1.いびきと無呼吸
 いびきと歯ぎしりは睡眠中に人に迷惑をかけるということで有名ですが、単なる“うるさい”ということではすまないことがあります。特に新幹線の運転手による居眠り運転から有名になって注目されているのが睡眠時無呼吸症候群SAS(Sleep Apnea Syndrome)です。
 いびきをかいていると一見熟睡しているように見えますが、気道がふさがり空気の通りが悪いので、呼吸が抑制され、眠りが浅く、睡眠不足となります。毎晩いびきをかいていたり、呼吸が止まっているというような状況では後に述べるような問題が起こってくる可能性があります。思い当たるふしのある方はご相談下さい。
 いびきとは睡眠時に発生する、粘膜の振動音です。原因としては肥満、アルコール、薬物、アデノイド、咽頭部疾患、鼻疾患などがあります。肥満ではアゴの周り、首周り、のどや舌が太くなり結果として気道が圧迫され空気の通りが悪くなりいびきが発生します。アルコールを多飲すると気道内がうっ血して膨張し、舌や咽頭の筋肉の緊張がなくなり気道が狭小化していびきが発生します。その他、筋肉弛緩剤、睡眠薬などで筋肉の緊張が緩和して咽頭の筋肉緊張低下から気道が狭小化します。またアレルギー性鼻炎、副鼻腔炎(蓄膿)などは鼻の通りが悪くなり気道抵抗が増加して、いびきの原因となります。その他、のどの炎症、肥大などでも起こります。
 睡眠時無呼吸症候群の定義としては一晩の睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上おこる、または睡眠1時間あたりの無呼吸や低呼吸が5回以上おこるとされています。SASは日本においては珍しいものではなく人口の1~2%すなわち130万人から260万人にあるとされています。SASには前述の気道の狭窄がおこって呼吸抵抗が増加して呼吸停止に至る閉塞型と睡眠に伴う呼吸中枢の活動低下により呼吸停止を起こす中枢型とこれらの混合型に分けられますが、閉塞型が最も多いとされています。呼吸停止がおこると、血液の酸素濃度が低下し、あるレベルに達すると耐えられなくなって無意識の“覚醒”がおこって呼吸が再開します。脳波をとってみると一晩に100回も呼吸が停止することもあります。人によっては何回も呼吸停止を起こしその都度に覚醒するため、つまり熟睡できずに朝方の頭痛、夜間覚醒、夜間多尿、インポテンツ、昼間の眠気、集中力の低下、労働能力の低下を来したり、交通事故や労働災害の原因となります。さらには頻回の低酸素血症、胸腔内圧の増加が、虚血性心疾患、脳梗塞、脳出血、高血圧の原因となり突然死の原因となります。また、日中の強い眠気を何とか解消しようと、絶えず食べ続けたり、カフェイン摂取や喫煙を続けることがあります。
2.睡眠時無呼吸症候群の診断
 前回述べたように睡眠時無呼吸症候群(SAS)は睡眠中に呼吸が10秒以上とまることが繰り返しておき、一晩7時間の睡眠で30回以上、あるいは1時間あたり5回以上無呼吸がおこるものをいいます。このため診断には夜間の測定が必要となります。一泊入院して行う方法もありますが、なれない枕とベッドで監視されながら寝るというのはなかなか大変ですので、当院では自宅で測定してもらう方法をとっています。夜間睡眠中の呼吸、いびき音、酸素レベルが測定できる携帯式のアプノモニターがあり、これをセットして睡眠中に記録をとって後で解析する方法があります。  さらに、詳しい検査法として、筋電図、眼電図なども測定する睡眠ポリグラフ法があります。
 SASの重症度は睡眠時1時間あたりの無呼吸と低呼吸の合計回数(無呼吸低呼吸指数apena hypopnea index)で示され、AHI<5 なら正常範囲、5≦AHI<30は軽症または中等症、30≦AHI<60は重症SASと診断されます。なお、AHI20以上の者のうち70%がBMI(body mass index)25以上の肥満者で、うち28%はBMI30以上という報告があります。
上の検査を受ける前にまず自分で下記のことをチェックしてみましょう

          はい   いいえ
・昼間いつも眠い   □   □
・いくら寝ても眠い  □   □
・居眠りをよくする  □   □
・朝の目覚めがすっきりしない □  □
・朝起きると頭が痛い □  □
・記憶力・集中力が落ちてきた □  □
・夜間、何度か目を覚ます □  □
・夜間、何回もトイレに行く □  □
・いびきがうるさいと言われる □  □
・精神的に不安定になる □  □

  上記の質問に3つ以上当てはまる場合、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。
 多くのSASのひとは日中の眠気を何とか解消しようと絶えず食べ続けたり、カフェイン摂取や喫煙を続けます。大量の缶コーヒーを飲んでいることもあります。こうした人は日中体がだるく、運動がおっくうで減量が進みません。缶コーヒーをはじめとした異常摂食が肥満を助長させてさらに夜間の呼吸障害を悪化させるという悪循環を生じます。
3.睡眠時無呼吸症候群(SAS)の合併症
 SASでは肥満に伴う耐糖能異常や脂質代謝異常を合併しやすく、また夜間睡眠中に血圧変動と血圧上昇をきたし、夜間非降下型(non-dipper)高血圧との関連も指摘されています。また重症SASでは肥満が80.1%、高血圧が50.2%、耐糖能異常が64.7%、高トリグセライド血症が60.2%と指摘されています。また狭心症、心筋梗塞の冠状動脈疾患を合併している頻度は軽症12.5%、中等症12.2%、重症で16.6%がすでに合併していたという報告があります。特に女性の重症群では37%と高率であることが報告されています。また重症では5年生存が84%(16%が5年以内に死ぬということ)、8年で60%(40%が8年以内に死ぬということ)という報告もあります。心不全、肺高血圧との関係も指摘されています。
 したがって、SASというのは単にいびきがうるさいということだけではなくて生命を危険にさらす可能性があるということです。早急に治療を開始する必要性があります。具体的治療法は次回に述べますが、早めに治療を受けると色々な疾患を予防することができます。また高血圧の方では血圧の低下(平均10mmHg前後の低下)なども期待することができます。
4.睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療
1)内科的治療
 軽症の人で肥満のある人はとにかく減量することが肝要です。無呼吸の程度が強い人は2)の治療法を行います。
2)経鼻的持続陽圧呼吸療法
 CPAP療法(Continuous Positive Airway Pressure)といわれるもので、鼻にマスクをつけ閉塞型無呼吸の起こる上気道へ鼻から空気を送って気道をひろげる方法です。この装置の効果は絶大でほとんどのいびきや無呼吸が消失します。また装置も上の写真のように簡単なもので装着も簡単です。手術による治療に比較して侵襲性が少なく、安全で確実な効果がみられます。当院でも行っている治療ですが、皆さん経過は良好です。
3)口腔内装具
 軽症の人やCPAPが使用できない人に使われます。マウスピースで下あごを一定の距離だけ前に移動させて、舌の後ろのスペースを広げるものです。小さなものですので、旅行などに持ち運びができる利点があります。しかし現在この治療法は保険適応になっていません。
4)耳鼻科的手術
 右の図のようにのどの奥を広げ、肥大した扁桃腺を摘出する手術(口蓋垂軟口蓋咽頭形成術)が手術方法としてありますが、その効果については一定の評価が得られていません。最近では手術療法は積極的には行われていません。