脳梗塞

脳梗塞の原因は、脳の血管に発生する動脈硬化により血管が詰まってしまう場合と、心臓病により心臓で血栓ができてそれが血流にのって脳の血管に詰まる場合があります。その中でも、脳梗塞の原因のほとんどは動脈硬化によるものです。他にも脳梗塞の原因として、加齢、体質、喫煙、飲酒、感染症、ストレス、性格、運動不足なども関係しています。血管が閉塞する機序によって血栓性・塞栓性・血行力学性の3種類に、また臨床分類としてアテローム血栓性脳梗塞・心原性脳塞栓・ラクナ梗塞・その他の脳梗塞の4種類に分類されます。脳梗塞は脳軟化症とも言われますが、脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事です。脳細胞が壊死して溶けてしまうことから脳軟化症とも言われるわけです。
①アテローム血栓性脳梗塞;動脈硬化によって動脈壁に沈着したアテローム(粥腫)のため動脈内腔が狭小化し、十分な脳血流を保てなくなったものです。また、アテロームが動脈壁からはがれ落ちて末梢に詰まったものもアテローム血栓性に分類されます。アテロームは徐々に成長して血流障害を起こしていくことから、その経過の中で側副血行路が成長するなどある程度代償が可能で、壊死範囲はそれほど大きくならない傾向があります。また、脳梗塞発症以前から壊死に至らない程度の脳虚血症状(一過性脳虚血発作、TIA)を起こすことが多く、このTIAに対する対処が脳梗塞の予防において重要です。リスクファクターは、喫煙、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧などです。予防は、抗血小板薬(アスピリン・チクロピジン・クロピドグレル・シロスタゾール・ジピリダモールなど)によってアテロームの成長を抑制すること、高血圧・糖尿病・脂質異常症は原疾患に対する加療・コントロールを行うこと、また飲水を心がけて血流を良好に保つことなどです。アテローム血栓性脳梗塞もいくつかの機序によって起こることが知られています。一般的に血栓症は動脈硬化による閉塞です。心筋梗塞の場合はプラークの破綻によって急激に冠動脈が閉塞する場合がほとんどですが脳梗塞の場合はいくつかの機序が知られています。まずは心筋梗塞と同様にプラークが破綻する場合があります。粥腫に富み、線維性皮膜が薄い場合は不安定プラークといい、こういったプラークは容易に破綻し、血栓による動脈閉塞をおこします。血管が閉塞、狭窄するとその灌流域が血液途絶を起こし皮質枝梗塞を起こします。狭窄部が急激な血管閉塞を起こすと心原性脳塞栓と類似した脳梗塞が発生します。こういったことは頭蓋外の内頸動脈や頭蓋内の脳主幹動脈に多いです。また、血管の閉塞や高度の狭窄によって血液供給の境界領域(watershed、分水嶺の意味)が乏血状態となり、さらに血圧低下などの血行動態的要因が加わり梗塞が生じます。こういったことは中大脳動脈や内頚動脈に多く、内頚動脈に高度狭窄があり、支配領域の脳血流量低下を伴っている場合には、表層前方では前大脳動脈・中大脳動脈皮質枝の境界、後方では中大脳動脈・後大脳動脈皮質枝の境界領域が最も乏血状態に陥りやすいので梗塞をきたしやすくなります。深部では中大脳動脈皮質枝と穿通枝の境界領域に起こりやすいです。この機序によっておこる場合は発症後段階的階段状の進行、悪化が見られます(progressive stroke)。発症時間は夜に多く、起床時に気がつくことも多いです。もともと極めて慢性に進行してきたと考えられ、こういった梗塞をおこす患者は側副血行路が豊富にある場合が多く、代償が可能な間は臨床症状が乏しいこともあります。他には動脈硬化が原因の脳梗塞としてartery to artery embolism(A to A)というものがあります。内頚動脈や椎骨動脈のアテローム硬化巣から血栓が遊離して末梢の血管を閉塞します。皮質枝にも穿通枝にも塞栓を起こしえます。心原性脳塞栓と同様活動時突発性発症が見られやすいです。画像上は典型的には皮質枝、即ち大脳皮質にMRI拡散強調画像 (DWI) で高信号域を認め、散在性小梗塞巣といった形を取りやすいです。もちろん小型というのは他のアテローム血栓性脳梗塞よりはということでラクナ梗塞よりは大型の病変となります。アテローム硬化には好発部位がああり、基本的には日本人には中大脳動脈に多いです。しかし近年は欧米と同様、頸部内頸動脈の起始部に最も多くなっています。他の好発部位としては内頚動脈サイフォン部、椎骨動脈起始部、頭蓋内椎骨動脈、脳底動脈があります。
脳卒中の中でも患者数がいちばん多いのが脳梗塞で、症状は徐々に進行して増強してくるものから突然に完成するものまで千差万別です。ただし、塞栓性のものは突然に完成することが多いです。発症時間で最も多いのが夜間から早朝にかけてです。これは、就寝中には水分をとらないために脱水傾向になることと関わっています。年間を通じては夏と冬に多く、夏は脱水、冬は体を動かさなくなることが発症と関わっています。気付かれる症状として最も多いのが麻痺です。体が傾いている、立ち上がれなくなったなどの訴えで病院に搬送されてくることが多いです。逆に、失語のみなどの一見奇異な症状では脳梗塞だと気づかれず受診が遅れることもあります。急性期;脳梗塞の症状は急性期にもっとも強く、その後徐々に改善していきます。これは、壊死に陥った脳組織が腫脹して、周囲の脳組織も圧迫・障害していることによります。腫脹が引いていくとともに、周囲の組織が機能を回復して症状は固定していくのです。ただし、腫脹や、壊死組織から放出されるフリーラジカルは周囲の組織をも壊死させる働きがあるためこれらを抑制することが機能予後の向上につながります。急性期は血圧が高くなります。場合によっては(収縮期血圧で)200mmHgを超えることもあります。これは、虚血部位に対して血流を送り込もうという生理的な反応であり、無理に降圧を図ってはいけません(降圧しすぎると、梗塞範囲を広めるおそれがある)。降圧薬、不用意な頭位挙上は脳循環血流を悪化させ、再発や症候増悪をおこします。症状が安定するまで少なくとも24時間はベッド上安静とします。亜急性期;軽症から中等症のものであれば、数日で脳の腫脹や高血圧は落ち着き、場合によってはほとんど症状が消失するまでに回復します。ただし、ある程度大きな後遺症が残った場合にはリハビリテーションを続けても発症前と同レベルまで機能を回復するのは非常に困難です。慢性期;原因にもよりますが、脳梗塞の既往がある人の脳梗塞再発率は非常に高いです。そのため再発予防のための投薬を受け続ける必要があります。また、長期の後遺症としててんかんやパーキンソニズムを発症することがあります。
脳梗塞は、壊死した領域の巣症状(その領域の脳機能が失われたことによる症状)で発症するため症例によって多彩な症状を示します。そして症状から責任病巣をある程度決定することができます。片側の麻痺;通常は身体一側の脱力、不器用さ、または重い感じを示します。麻痺は運動の障害を意味し、もっとも頻度の高い症状が麻痺です。中大脳動脈の閉塞によって前頭葉の運動中枢が壊死するか、脳幹の梗塞で錐体路が壊死するかで発症します。多くの場合は、片方の上肢・下肢・顔面が脱力または筋力低下におちいる片麻痺の形をとります。ただし、脳幹梗塞では顔面と四肢で麻痺側が異なる交代性麻痺を来すこともあります。一側のしびれ感;通常、身体一側の感覚鈍麻、異常感覚で感覚線維、または頭頂葉の感覚中枢が壊死することで出現します。感覚の鈍化または消失が起こるほか、慢性期には疼痛が出現することがありQOLへの影響が大きいです。言語障害;言語了解や発語の障害(失語症)や不明瞭な言語(構音障害)。喉頭・咽頭・舌の運動にも麻痺や感覚障害が及ぶことで嚥下や発声機能にも障害が出現します。構音障害は失語とは違い、脳の言語処理機能は保たれながらも発声段階での障害のためにコミュニケーションが不十分となっているものです。嚥下障害は、摂食が不十分となって社会復帰を困難にしたり、誤嚥によって肺炎の原因となるなど影響が大きいです。嚥下・構音障害を起こすような咽頭・喉頭機能の障害は脳幹の延髄の障害に由来することから球麻痺と呼ばれます(延髄は球形)が、より上部から延髄へいたる神経線維の障害でも類似した症状がみられるため、これは仮性球麻痺と呼ばれます。片側の失明;痛みのない一眼の視力消失、しばしば「カーテンがさがる」と表現されます。めまい;安静時に持続するぐるぐる回転した感じのことで、めまいのみでは非血管性の疾患のありふれた症状です。したがって少なくとももう1つの一過性脳虚血発作あるいは脳梗塞の症状も存在することが必要です。失調;平衡機能の悪化、歩行時のつまづき、よろめき、身体一側性の協調運動障害です。小脳または脳幹の梗塞で出現し、巧緻運動や歩行、発話、平衡感覚の障害が出現します。これに関連してめまいが出現することもあります。これらの症状が認められた場合は早期に医療機関の受診が望まれます。意識障害;脳幹の覚醒系が障害された場合などに意識レベルが低下するほか、広範な大脳皮質の破壊でもみられます。それがなくても、急性期に脳の腫脹などによって全体的に脳の活動が抑制され、一過性に意識レベルが下がることがあります。ラクナ梗塞で意識障害を来しにくいのは、梗塞範囲が小さいため腫脹など脳全体への影響が小さいことによります。高次脳機能障害;失語や失認をはじめとした高次機能障害の出現することがあり、これは非常に多彩です。
②脳塞栓症;心臓で発生した血栓が血流にのって脳の血管で詰まって起こる脳梗塞のことを脳塞栓症といいます。脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで起こる脳虚血です。それまで健常だった血流が突然閉塞するため、壊死範囲はより大きく、症状はより激烈になる傾向があります。また塞栓は複数生じることがあるので、病巣が多発することもよくあります。原因として最も多いのは心臓で生成する血栓であり、不整脈(心房細動)に起因する心原性脳塞栓が多いです。非弁膜症性心房細動が全体の約半数を示し、その他に急性心筋梗塞、心室瘤、リウマチ性心疾患、人口弁、心筋症、洞不全症候群、感染性心内膜炎、非細菌性血栓性心内膜炎、心臓腫瘍などが含まれます。このほか、ちぎれた腫瘍が流れてきて詰まる腫瘍塞栓や脂肪塞栓・空気塞栓などもこれに含まれるますが、稀な原因といえます。。シャント性心疾患(卵円孔開存)なども原因となり、これらは奇異性脳塞栓症といわれます。脳塞栓症では高率に(30%以上)出血性梗塞を起こしやすくなります。これは閉塞後の血管の再開通によって、梗塞部に大量の血液が流れ込み、血管が破綻することによりおきます。心原性塞栓症の際に抗血小板療法や抗トロンビン療法が禁忌である理由はこれを起こさないためです。心房細動は無症状のことも多く心機能もそれほど低下しないため、特に無症状の場合は合併する脳塞栓の予防が最も重要となります。心房が有効に収縮しないため内部でよどんだ血液が凝固して血栓となり、すぐには分解されないほどの大きな血栓が流出した場合に脳塞栓の原因となります。特に流出しやすいのが心房細動の停止した(正常に戻った)直後であるため、心房細動を不用意に治療するのは禁忌です(ただし、心房細動開始後48時間以内なら大きな血栓は形成されておらず安全とされています)。予防には抗凝固薬(ワルファリン)を用います。抗血小板薬と併用することで予防効果が高まるという明確な根拠はなく、現在は抗凝固療法単独の治療が行われています。但しワルファリン(ワーファリン)はその効果をコントロールするために採血を頻回にして服薬量を調節しなければなりませんし、食事摂取の内容で効果が影響を受けるのが最大の問題です(例えば納豆などを食べるとワルファリンの効果は著減します)。非弁膜性心房細動が最も心原性脳塞栓のリスクとなりますが、心臓超音波検査を行うことでさらに詳細な評価を行うことができます。塞栓源として重要な所見としては左心耳内血栓、卵円孔開存(PFO)、心房中隔瘤、心臓腫瘍、大動脈弓部複合粥腫病変などがあり、これらは軽食道心エコーでの検出率が高くなります。卵円孔開存(PFO)は一般剖検で20%ほど認められる所見で右左シャントとなり静脈で形成された血栓が左室系に流出することで脳梗塞を起こします。これは奇異性脳塞栓症といい若年者脳梗塞や原因不明の脳梗塞で頻度が高いです。発症様式で塞栓性が疑われるが心房細動もなく、内頚動脈に有意病変が認められない場合は大動脈源性脳塞栓を疑い大動脈弓部複合粥腫病変を検索します。
 脳梗塞の急性期には、腫脹とフリーラジカルによって壊死が進行することを阻止するのが第一となり、再梗塞も予防する必要があります。そのため、血栓性とみられる場合には抗凝固薬を用いながらグリセリン(グリセオール)やマンニトール等で血漿浸透圧を高めて脳浮腫の軽減を、発症24時間以内にエダラボン(ラジカット)でフリーラジカル産生の抑制を図ります。またペナンブラ(penumbra)と呼ばれる虚血部位と正常部の境界部位の血流保持も図られます。rt-PAは発症3時間以内の全ての病型に適応があります。しかし禁忌や慎重投与といった項目もあり注意が必要で、0.6mg/Kg(最大60mg)の10%をボーラス投与し、残りを1時間かけて点滴します。アテローム血栓や塞栓症の場合、発症直後(3時間以内)であり、設備の整った医療機関であれば血管内カテーテルによってウロキナーゼを局所動脈内投与する血栓溶解療法が可能です。しかしMCA領域の1/3以上にCTで病変が認められるときは行いません(MRIは施行する必要はない)。また出血のリスクの評価として既往歴、血小板数、PT-INR<1.7あたりを指標とします。高血圧は出血のリスクとなりますが、静注時に185/110以下にコントロールできていれば問題はないと考えられていいます。しかし心原性脳塞栓症の場合は抗血小板療法の治療適応はなく、t-PAの適応ではなく発症後24時間以上経過していればヘパリンの投与を開始します。ヘパリンの使用は出血の合併の有無によっても異なるが5000 - 10000単位/dayの低用量の使用も多いです。つまり心房細動があれば積極的にワーファリンを服用していなければいけないということになります。
③ラクナ梗塞
 ラクナ梗塞は本来、直径1.5cm以下の小さな梗塞を意味します。穿通枝領域に病変があり、皮質は病変に含まれません。無症候性ラクナ梗塞と慢性虚血性変化の区別が難しく古典的には無症候性ラクナ梗塞はラクナ梗塞に含まれません。主に中大脳動脈や後大脳動脈の穿通枝が硝子変性を起こして閉塞するという機序によっておこります。ただし中大脳動脈穿通枝のうち、レンズ核線状体動脈の閉塞では、線状体内包梗塞と呼ばれる径20mm以上の梗塞となることがあり、片麻痺や感覚麻痺・同名半盲などの症状が現れることもあります。後大脳動脈穿通枝の梗塞では、ウェーバー症候群やベネディクト症候群(赤核症候群)を起こすことがあります。ラクナ梗塞の原因は、高血圧により細い動脈に発生する動脈硬化が最大の原因です。ラクナ梗塞が発症することが多いのは、安静時で、特に睡眠中です。また、朝起きた時にも起こることが多くあります。高血圧は、血管の内側の壁に強い圧力を加えます。そのために血管の内側の壁が傷ついて、どんどんと硬くもろくなってしまい、動脈硬化が発症してしまうのです。動脈硬化が起こると血管の血液が通る部分が狭くなってしまい、血流がとだえて、脳梗塞になってしまうのです、
 ラクナ梗塞は、他の種類の脳梗塞と違い、大きな発作が起こることはありません。そして、発作がない状態のまま、ラクナ梗塞が脳のいろいろなところに発生して、少しずつ症状が進行していく場合もあります。ラクナ梗塞の症状は「ラクナ症候群」といい、運動麻痺やしびれなどの感覚障害が主に起こります。症状は片麻痺や構音障害などですが、軽度または限定されたものであることが多く、まったく無症状であることも多くあります。意識障害を認めることはほとんどなく、失語症、半側空間無視、病態失認といった神経心理学的な症候(皮質症候)も通常は見られません。多発性脳梗塞とよばれるもののほとんどはこのラクナ梗塞の多発であり、多発することで言語障害、歩行障害、嚥下障害などの症状や、認知症(痴呆:ちほう)・パーキンソニズム(脳血管性パーキンソン症候群)の原因となることがあります。多発性脳梗塞になると、ラクナ梗塞であるのかアテローム血栓性脳梗塞であるのかは、鑑別が難しくなることもあります。特徴としては感覚障害と麻痺が同時に存在しないタイプがラクナ梗塞ではありえるといえます。無症候性脳梗塞は高齢者に多く見られ、糖尿病、高血圧、高脂血症などがあると発症する確率が高くなります。
ラクナ梗塞の慢性期治療における抗血小板薬の使用法に関しては議論が多くあります。高血圧といったリスクファクターの除去が重要なのは言うまでもありませんが、ラクナ梗塞の再発予防に関して明確なエビデンスがあるのはシロスタゾール(プレタールなど)だけです。慣習としてアスピリンで治療されることも多いです。微小脳出血(CMB)が認められると抗血小板薬の投与は出血のリスクになるため避けられる傾向があります。微小脳出血の検出にはMRIのT2撮影がよく用いらます。