下痢

下痢は、「1日の糞便中の水分量が200ml以上(または、1日の糞便の重量が200g以上)と定義されています。腸の働きが正常な場合、食事などで摂取した食べ物は10時間ほどでS状結腸にたどりつき、ここで消化された食べ物から水分が吸収され、適度な固さの便がつくられるようになっています。しかし、何らかの原因により水分を吸収するはたらきが上手くいかなくなると、水分の多い便が出る「下痢」となってしまうのです。便の中の水分の量が増える理由は図のように1日に9リットルもの水分が腸を通るのです。そしてそのうち99パーセントが腸で吸収され、便の中に混ざるのは残りのわずか1パーセント(100グラム)程度です。消化管でのこのような水分出納バランスが少し崩れただけで、簡単に下痢になってしまいます。下痢になる原因は下痢の種類によっていろいろなものがありますが、主に以下のものに分類することができます。
【浸透圧性下痢】水分を引き付ける力である浸透圧が高い食べ物を食べたことによって腸で水分がきちんと吸収されず、下痢便となるタイプです。人工甘味料の摂り過ぎ、糖分の消化不良、牛乳の摂りすぎなどにより、下痢をするのがこのタイプです。下痢は食物摂取により起こり、絶食により止まります。腹部手術(胃切除、回腸切除)、放射線治療、膵炎などの既往があるかやさらに、ソルビトール、ラクツロース、下剤、制酸剤(Mgを含有するもの)などの薬剤を服用していてもなります。また、体重減少、悪臭のある便、水洗便所の水に脂肪滴浮遊など吸収不良症侯群を示唆する症状です。
【分泌性下痢】腸管内での分泌液が増えることによって起こります。腸に入った細菌による毒素やホルモンの影響など、いろいろな原因が考えられます。感染性胃腸炎や生理中の下痢などがこれにあたります。大量の水様性下痢を特徴とし、絶食にても消失しません。難治性潰瘍の既往、下痢患者の家族歴、下剤服用歴、開腹手術歴、旅行歴、小腸疾患の既往などが問題になります。。
【ぜん動運動性下痢】便が腸を通過する時間が短いことで起こる下痢です。過敏性腸症候群やバセドウ病などの甲状腺の病気の場合に起こりやすい下痢です。
【滲出性下痢】腸に炎症が起こったことによって、血液成分や細胞内の液体などが滲み出たり、腸からの水分吸収が低下したりすることで引き起こされる下痢です。クローン病や潰瘍性大腸炎が関係することが考えられています。腸の炎症により腸管壁の透過性が亢進し、多量の滲出液が管腔内に排出されるために起こります。下痢は食事により増強しますが、絶食しても完全には止まりません。便にはしばしは血液、膿、粘液が付着します。食中毒の原因となりうる食物の摂取、海外渡航を含む旅行歴、炎症性腸疾患の既往などが問題となります。その他にも、慢性膵炎や糖尿病の合併症、薬の副作用などで起こると考えられています。
【active ion transport異常による下痢】先天性にCl-の回腸における吸収が障害されているために起こる。小児にみられる稀な疾患で、絶食により下痢は消失ないし軽減する。
【その他】Addison病、副甲状腺機能低下症、肝硬変、Mg欠乏症などでみられる下痢の病態生理は現在のところ不明とされています。

 下痢の原因としては以下のようなものがあります。①.悪性腫瘍;大腸がん、②.生活習慣;下剤やアルコールなど、③.腸の運動障害;過敏性腸症候群など、④.薬剤;下剤、抗生物質による腸炎、ロキソニンなど痛み止めによる腸炎、抗がん剤、⑤感染性腸炎;ノロウイルス、サルモネラ、カンピロバクター、大腸菌など、⑥.炎症性腸疾患;潰瘍性大腸炎、クローン病、⑦そのほかの腸炎;虚血性腸炎、⑧.大腸外の病気によるもの;甲状腺機能亢進症、慢性膵炎など。
日常診療でよく遭遇する下痢を来す疾患を取り上げてみます。
①感染性胃腸炎
 代表的な病原体は、ノロウイルスです。激しい下痢と嘔吐が特徴です。下痢には下痢止め、吐き気には吐き気止めと、薬で症状を抑えたくなる気持ちはわかりますが、かえって症状を長引かせる結果になりかねません。水分摂取と休息を十分にとってください。発熱が酷い場合は、O157に代表される病原性大腸菌などの細菌性胃腸炎の可能性があります。抗菌薬の投与が必要ですので、早めの受診をお勧めします。感染性胃腸炎では、病原体が体内に入ってきても、すぐ下痢などの症状が出現するわけではありません。潜伏期間といって、病原体が症状を出すまでの時間があります。ノロウイルスの場合は、24〜48時間あります。小さいお子さんでは、ロタウイルス感染の可能性があります。小児科で検査が可能で、予防ワクチンもあります。鶏肉の生食摂取の後に起こることで有名なのは、カンピロバクターという細菌性腸炎です。エリスロマイシンという抗菌薬が有効です。長期入院中で免疫の弱っている方の下痢では、MRSA腸炎や偽膜性腸炎を疑います。バンコマイシンなど効力のある抗菌薬がありますが、難治性細菌性腸炎で再発しやすい特徴があります。感染者が身近にいる時、感染予防は石けんと流水での手洗いが基本です。便やおう吐物を廃棄する時は十分な注意が必要です。手袋、マスク、エプロンを着用して処理しましょう。石けんと流水で十分に手を洗ってください。
②潰瘍性大腸炎
 近年、発症患者が増えている疾患です。多くの場合、血便がいっしょに起こります。軽い発熱や、渋り腹といったスッキリしない排便状態が続きます。診断には大腸内視鏡が必要です。組織を取って、潰瘍性大腸炎の所見を満たす場合、難病認定され治療費の補助があります。発症する年齢は20〜29歳の若い世代が主体ですが、高齢の方でも発症例はあります。男女差はありません。欧米では非常に多い病気ですが、近年我が国でも患者数が激増しています。原因は不明ですが、遺伝的要素があると報告されています。長期経過例では、大腸がんを合併することがありますので、定期的な大腸内視鏡検査が必要です。治療は内服治療が主体ですが、重症例では腸切除が行われることがあります。
③クローン病
 近年、発症患者が増えている疾患です。下痢の他、血便や腹痛を伴うことが多い病気です。口から肛門まで、消化管のどの部位にもできる病気です。大腸内視鏡では、敷石状外観と言って、炎症が強く変形の酷いところと正常に近いところの混在した内視鏡像を呈することがあります。強い炎症により、胃腸が細くなって腸閉塞の状態となることがあります。このため外科手術の適応となることがあります。また消化管に広範囲に影響するため、長期的には栄養療法が重要な疾患です。10歳代~20歳代の若い世代に起こりやすく、約2:1と男性に多くみられます。原因は不明とされ、潰瘍性大腸炎と同様に欧米に多い病気です。またクローン病は瘻孔と言って腸が腸以外と繋がってしまったり、炎症の持続によって腸が細くなったり(狭窄)、膿を体内に作ったり(膿瘍)します。肛門部病変などの腸管外の合併症も多く、治療が難渋しやすい病気の一つです。
④大腸がん
「便秘と下痢を繰り返す」という典型的な症状があります。これは、大腸がんが発育して大腸の管腔が狭くなった状態で起こります。狭くなったところを便が通過せず便秘になり、大腸が詰まった便を通過させようと水分を分泌して便を柔らかくして押し出すことで下痢になります。このサイクルを繰り返し起こすのが進行した大腸がんの典型的な症状です。放置すると完全な腸閉塞となり、命に関わる状態となります。大腸の気になる症状は、大腸内視鏡でチェックすることをお勧めします。
⑤過敏性腸症候群
下痢や便秘など多彩な便の症状です。排便によって症状は軽くなることが特徴です。女性にやや多く、感染性胃腸炎の後に起こりやすいと言われます。大腸内視鏡で調べても何も所見がないにも関わらず、症状が長引きやすい病気です。治療は、ストレスが契機となることが多いことから、生活習慣の改善を基本に、整腸剤や便の性状を整える内服薬などが症状の緩和に有効とされます。
過敏性腸症候群の診断基準として有名な、ローマⅢ基準は以下の通りです。
最近3ヵ月の間に、月に3日以上にわたってお腹の痛みや不快感が繰り返し起こり、 下記の2項目以上の特徴を示します。㋐排便によって症状がやわらぐ、㋑症状とともに排便の回数が変わる(増えたり減ったりする)、㋒症状とともに便の形状(外観)が変わる(柔らかくなったり硬くなったりする)。まとめて示されると、心当たりのある方もいるでしょう。国民全体の1割がこの病気であるとも言われています。原因は不明ですがストレスによるものが予想されています。
⑦虚血性腸炎
腸の血の流れが悪くなり、腸の粘膜が炎症を起こす病気です。症状としては夜にいきなり腹痛があり、そのあと下痢と血便が出るというのが典型です。症状が1週間程度でよくなる一過性型が約65%と最も多いです。腸が狭くなる狭窄型(約35%)、腸が腐る壊死型(約10%)と続きます。以前は、50歳以上の中高年に多い病気とされていました。ただ、最近では20〜30歳の若い人でも見られます。女性に多いのも特徴です。症状が強い場合は入院します。食事を休んで抗生物質の点滴が必要です。心臓や血管の病気を持つ人、糖尿病の人、便秘の人も起こりやすいです。再発することが5〜10%あり、便秘にならないように生活することが大切です。
⑧大腸以外の病気によるもの
大腸以外の病気でも下痢は起こります。
㋐甲状腺機能亢進症;バセドウ病などにより、甲状腺ホルモンが多く作られます。甲状腺ホルモンは体の細胞を活発化させる働きがあります。多くなった甲状腺ホルモンが、体中に働きます。運動した後やお風呂から出た後のように体の代謝が活発化し腸の動きも活発となり下痢をきたします。バゼドウ病の治療をすることで甲状腺ホルモンの量が抑えられると下痢も治ります。
㋑慢性膵炎;膵臓に炎症を繰り返す病気です。炎症によって膵臓の細胞が壊され、膵臓の働きが悪くなります。膵臓は血糖値を下げるインスリンの他にも脂肪やたんぱく質を分解する消化酵素も作っています。そのため、消化吸収がうまくできなくなります。慢性膵炎の下痢は臭いがかなりきついです。また、薄黄色クリーム状で水に浮く脂肪便となります。この下痢に対する治療は、膵消化酵素剤の補充です。
⑨薬剤による下痢
下剤、抗生物質、非ステロイド性消炎鎮痛薬、抗がん剤などが原因として考えられます。

下痢の検査・治療方法
 下痢の原因を検査する方法として大腸内視鏡やレントゲン検査を行うことがあります。これらの検査を行うことで腸の状態や、形状などを観察し、下痢を誘発するような病気になっていないかどうかのチェックを受けることができます。これらの検査をして、大腸に病気などの問題があった場合にはその病気に対する治療を行います。特に病気が発見されなかった場合には、お薬を服用していただき、経過を観察します。
 薬物療法では、腸のぜん動運動を抑える薬、腸への刺激を抑える薬、便の中の水分を吸い取って便を固める薬、ビフィズス菌等の整腸薬などを症状や下痢の原因となる疾患にあわせて使用します。ただし、ウイルス感染などによって引き起こされている下痢の場合は、ウイルスを早期に体外へ排出できるように、下痢止めのお薬をあえて使用しないということもあります。これらの治療に加えて、下痢以外の嘔吐の症状で水分が取れていないという場合には脱水を予防する目的で点滴を行い、補液(体の中の水分を維持すること)を行うこともあります。
 下痢止め薬は、慢性的な下痢に使います。下痢止め薬は以下のようなものがあります。腸運動抑制薬(腸の運動・分泌を抑制する;ロペミン)、殺菌薬(収斂作用や胆汁分泌促進作用で腸内の殺菌を行う;フェロベリン、リーダイ、キョウベリン)、収斂薬(腸粘膜面を覆い、炎症・腸運動を抑制する;タンナルビン、タンニン酸アルブミン)、吸着薬(細菌性毒素などを吸着し腸を保護する;アドソルビン)などがありますが、整腸剤と組み合わせることも多いです。
腸の働きを抑える成分が多いため、副作用として腸がつまる腸閉塞に注意します。急に起こる下痢の多くはウイルスや細菌による感染性腸炎がほとんどです。そのため、先に述べたように下痢止めを使うとウイルスや細菌の排出が遅くなります。感染がかえってひどくなる可能性があるため、感染性腸炎のときは基本的には投与しません。また抗生物質を使うときは、菌の種類により使う抗生物質が変わります。
 下痢のときは水分と電解質(特にナトリウムとカリウム)が失われます。その補給をすることが大切です。ドラッグストアで売っているるOS-1などの経口補水液が有効です。おかゆやうどんなど消化の良い炭水化物をとってください。避けるべきものとして、揚げ物や油の多い肉などの脂肪分の多いもの、香辛料、コーヒーなどカフェインの多いもの、アルコールなどはやめてください。また、冷たい水や清涼飲料水や炭酸飲料などの飲み過ぎもひかえてください。注意点は、下痢がひどく脱水症状が強いときです。命にかかわるため、入院のうえ点滴による水分補給が必要となることもあります。特に体力のない幼少児や高齢者では要注意です.
 感染性腸炎の原因が細菌性なのかウイルス性なのかを判断するのは非常に難しいです。しかしいずれも水分補給だけで1~3日程度で自然軽快することがほとんどです。ただし、乳幼児や高齢者などの抵抗力が弱い人は、症状が長引くことがあります。おう吐を繰り返して水分をとることができなくなったり、下痢が続くことで体内の水分が失われたりして、脱水を起こしやすくなります。点滴が必要な場合もあります。