気管支喘息

慢性的に気流閉塞を示す疾患には慢性閉塞性肺疾患(COPD; Chronic obstructive pulmonary disease))、気管支喘息、さらに気管支喘息とCOPDが合併した病態であるACOS(asthma and COPD overlap syndrome)があります。COPDとは「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入暴露することで生じた肺の炎症性疾患である。呼吸機能検査で正常に復することのない気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こり、通常は進行性である。臨床的には徐々に生じる労作時の呼吸困難や慢性の咳、痰を特徴とするが、これらの症状に乏しいこともある」と定義されます。また気管支喘息は「成人喘息は気道の慢性炎症、可逆性のある種々の程度の気道狭窄と気道過敏性の亢進、そして、臨床的には繰り返し起こる咳、喘鳴、呼吸困難で特徴づけられる閉塞性呼吸器疾患である」と定義されます。ACOSは「喘息に関連づけられるいくつかの特徴とCOPDに関連づけられる」とされています。したがってACOSは喘息とCOPDの療法の特徴を有します。これらの疾患の治療は、喘息は吸入ステロイド(ICS; inhaled corticosteroid)およびICSと長時間作用性β2刺激薬(LABA; long acting β2 agonist)の配合薬(ICS/LABA)が中心であり、長時間作用性抗コリン薬(LAMA; long-acting muscarinic antagonist)はステップ3の治療を行っても症状が残る重症持続型喘息で用いられます。COPDはLAMAとLABAによる気管支拡張療法が中心で、ACOSと増悪を繰り返す症例にはICS/LABAを使用します。
COPDの診断では、胸部X線(レントゲン)検査・CT(コンピュータ断層撮影)検査やスパイロ検査などを実施します。肺や気管支の状態をさらに詳しく調べるために、HRCT(より精密に撮影ができる高分解能CT)やヘリカルCT(X線を体にらせん状にあてて、体の内部を立体的にみるCT)などの検査をすることもあります。スパイロ検査はCOPDの診断には欠かせません。この検査では、スパイロメーターという測定器械を使い、肺活量と息を吐いた時の空気の通り具合を調べます。検査方法は、測定用のマウスピースをくわえた状態で、いっぱいに吸った息をできるだけ速く吐きだすという簡便なものです。
 スパイロ検査は、息を吐くときの空気の通りやすさを調べます。COPD患者さんでは、息が吐き出しにくくなっているため、1秒量(FEV1)を努力肺活量(FVC)で割った1秒率(FEV1%)の値が70%未満のとき、COPDと診断されます。また病気の進行に伴い、1秒量が予測値(年齢、性別、体格が同じ日本人の標準的な値)よりも低くなっていきます。COPDの病期は予測1秒量に対する比率(対標準1秒量:%FEV1)に基づいて分類されます(下記の表を参照)。またCOPDの重症度は、呼吸機能に加えて労作時の呼吸困難などの症状や運動能力低下の程度、併存症の有無、増悪の頻度などから総合的に判定されます。スパイロ検査は当院で受けられます。喫煙歴のある40歳以上の方は、ぜひ一度スパイロ検査を受けてください
 現時点でCOPDを根本的に治し、もとの健康的な肺に戻す治療法はありませんが、少しでも早い段階で病気に気づき適切な治療を開始することで健康状態の悪化と日常生活の障害を防ぐことができます。COPDの治療法としては、禁煙、薬物療法、呼吸リハビリテーションなどが行われます。さらに重症になれば、酸素療法や外科療法が行われることもあります。また、喘息を合併している場合や骨粗鬆症、心・血管疾患、消化器疾患、抑うつが併存する場合、肺合併症がある場合にはそれらを考慮した治療が必要になります。
 禁煙;COPD治療の第一歩は禁煙です。喫煙を続けるかぎり、病気の進行を止めることはできません。まずは、きっぱりとたばこをやめることが重要です。たばこに対する依存性の強い人は当院で処方しているコチンパッチやニコチンガムなどのニコチン代替療法や、非ニコチン製剤の飲み薬を使って、禁煙する方法もあります。
 ワクチン;COPD患者さんは、感染症が重症化しやすくかつCOPDの増悪原因となることから、ワクチンの接種が重要です。増悪を防ぐためのワクチンにはインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの2種類があります。特にインフルエンザワクチンは重篤な増悪を減少させ、死亡率も約50%減少させると報告されています。また、インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンを併用することによって、インフルエンザワクチン単独の場合に比べCOPDの感染性増悪の頻度が減少することが報告されています。すべてのCOPDの人とその家族、介助者にも接種をお勧めします。
 薬物療法;COPDの治療目標は病気の進行をくい止めて、QOL(quality of life:生活の質)を改善し、少しでも健康的な生活が送れるようにすることです。COPDでは気管支が収縮し、呼吸が苦しくなるため、気管支を拡げて呼吸を楽にする気管支拡張薬が薬物治療の中心となります。その他、痰をとる喀痰調整剤、感染症を防ぐ抗生物質や、増悪を繰り返す場合には吸入ステロイド薬を使用することもあります。
•気管支拡張薬 短時間作用性抗コリン薬および短時間作用性β2刺激薬;短時間作用型の気管支拡張薬は運動時や入浴時など日常生活での呼吸困難の予防に有効です。気管支を拡げる作用は抗コリン薬の方が強く、気管支を拡げる効果はβ2刺激薬の方が速くみられます。長時間作用性抗コリン薬;COPD患者さんで最も効果を示す気管支拡張薬と考えられています。長期間使用しても効果が弱まることがありません。長時間作用性抗コリン薬は、1回の吸入で作用が24時間持続し、1秒量や努力肺活量の改善効果が翌朝まで認められます。長期的には、COPD患者さんの疾患の進行や死亡率を抑制する可能性が報告されている薬もあります。一方、閉塞隅角緑内障の患者さんでは禁忌であり、前立腺肥大症患者さんの排尿困難症状を悪化させることがあります。長時間作用性β2刺激薬;β2受容体を刺激することで気管支平滑筋に働き気道を拡張します。吸入型の長時間作用性β2刺激薬は1回の吸入で作用が12~24時間持続し、長期間使用しても効果の減弱を認めません。わが国では、効果は劣るものの夜間症状やQOLの改善に優れた、貼付型のβ2刺激薬も使用されます。メチルキサンチン;一般的に1秒量の改善効果は吸入の気管支拡張薬より小さいとされますが、末梢気道の拡張作用や呼吸筋力の増強作用が報告されています。また、低用量テオフィリンは気道の炎症細胞を減少させることが示されています。
•ステロイド(グルココルチコイド) 長期間作用性β2刺激薬 / 吸入ステロイド薬配合薬;長期間作用性β2刺激薬 / 吸入用ステロイド薬配合薬は、それぞれ単剤で使用するよりもCOPD患者さんの呼吸機能や運動耐性能、呼吸困難感を改善し、増悪頻度も減少させます。長期的には気流閉塞の進行を抑制する可能性が報告されています。ステロイド薬の経口・注射投与増悪時には経口あるいは注射によるステロイド薬投与が有効です。現在ではβ刺激薬、抗コリン薬、ステロイドの3種類が入った合剤の吸入薬もあります。抗生物質と併用されることもあります。
•喀痰調整薬 COPDの増悪頻度と増悪期間を減少させることが示されています。
•マクロライド COPDの増悪を抑制することやQOLを向上させることが報告されています。
呼吸リハビリと在宅酸素療法について
 呼吸リハビリテーションは、呼吸器の病気によって生じた障害を持つ患者さんに対して、可能な限り機能を回復、あるいは維持させ、これにより、患者さん自身が自立できるように継続的に支援していくための医療です。その中でも中心となるのが運動療法で、自覚症状の軽減、運動能力の向上、QOLの向上といった効果が期待できます。
酸素療法;肺機能の低下が進むと、普通の呼吸では十分に酸素を取り込めなくなり、低酸素血症を起こし、呼吸不全という症状に陥ります。家庭で持続的に酸素を吸入する在宅酸素療法を行うことで、患者さんのQOLが向上し、生存率が高まります。
 在宅酸素療法の適応となる患者さんの多くはⅣ期(極めて高度の気流閉塞)です。薬物療法などを行っても、1ヵ月以上低酸素血症が持続している人で、通常の呼吸で動脈血の酸素分圧が55Torr以下の場合、あるいは動脈血の酸素分圧が60Torr以下で、運動時や睡眠時に顕著な「低酸素血症」を起こす場合です。さらに、病態が安定しており、他に入院などして治療する必要がないことも条件となります。また、医学的な適応条件だけでなく、患者さん本人の自己管理能力や、住まい、介護者の有無、生活パターンなど、多面的な条件を考慮する必要があります。
 外科・内視鏡手術;COPD治療の中心は内科的治療ですが、さまざまな内科的治療を行っても症状が改善しない場合、外科的な治療が行われることもあります。COPD患者さんは、肺胞が破壊され、弾力性を失って、肺が膨張しています。一部だけが膨張した肺を縮小させるために、極度に破壊された肺の一部(20~30%)を切除する手術が行われます。その手術には、開胸しないで胸腔鏡を用いる方法も使われます。外科的治療がすべてのCOPD患者さんに効果があるわけではなく、また根本的な治療でもないため、十分に医師や家族とともに検討することが必要です。
災害時の対応;地震などの災害時の対応については、平常時から起こりうる状況を想定し、対策を準備しておくことが重要です。特に、在宅酸素療法などの在宅で機器を使う治療を行っている場合、酸素供給が途切れるなどした場合の行動について、患者さん本人に加えて家族の方やヘルパーなども、平常時から以下のような項目について把握し、準備しておくことが重要です。
 •ボンベなどの備蓄と切り替えのタイミングや動作、酸素なしで許容される時間
 •口すぼめ呼吸のトレーニング(酸素供給が途絶えた際の不安や低酸素血症の緩和に有効)
 •パルスオキシメーターの使用と考え方
 •酸素吸入量の調節の許可についての確認
 •病院や酸素業者への緊急連絡の方法
 •避難先
 •薬剤が切れたときの対処法
また在宅酸素療法を行っているCOPD患者さんの場合には、酸素供給が途切れてもすぐには問題は起こりませんので、実際に災害が起きたときにはパニックにならずに落ち着いて対処することが大切です。
 COPDでは、呼吸困難、せき、痰などの症状が短期間で急激に悪化することがあります。呼吸困難が悪化する、たんが増える、痰が粘っこくなるなどの症状が急に現れたら、早めに受診して下さい。