B型肝炎

B型肝炎はB型肝炎ウイルス(HBV)が血液・体液を介して感染して起きる肝臓の病気です。HBVは感染した時期、感染したときの健康状態によって、一過性の感染に終わるもの(一過性感染)とほぼ生涯にわたり感染が継続するもの(持続感染)とに大別されます。思春期以降にHBVに感染すると、多くの場合一過性感染で終わります。感染の原因のほとんどはHBV慢性感染者との性的接触によるものと考えられており、この他、十分に消毒していない器具を使った医療行為、入れ墨、ピアスの穴開け、カミソリや歯ブラシの共用、麻薬・覚醒剤使用時の注射器の回しうちの際、HBV持続感染者の血液が付着したままで次の人が使用すると感染の可能性があります。HBV感染後、一過性の急性肝炎を起こすことがしばしばありますが、その後大部分の人ではHBVは排除され、慢性化しません。またHBVに感染しながらも、急性肝炎の症状が出現せず、気づかないうちにHBVが排除される人も少なくありません。一方HBVが慢性感染している人の大部分は、母親がHBVの持続感染者で、出産時に産道出血によりHBVが新生児の体内に侵入することにより感染します(母児感染)。その他乳幼児期に医療行為、口移しの食事、傷口からの出血など何らかの理由で、HBVの持続感染者の血液・体液が体内に侵入すると、持続的な感染を起こします。また成人であっても、体の抵抗力(免疫力)が低下するような、免疫抑制剤使用中、抗癌剤治療中、後天性免疫不全症候群(AIDS)患者の人たちは、HBV感染後、自分の力ではHBVが排除できずに持続感染を起こすことがあります。また従来は健康な人に発症した急性B型肝炎は慢性化しないといわれてきましたが、近年ジェノタイプA型と呼ばれる、欧米型やアジア・アフリカ型といった外来種のHBVに感染すると比較的高率に慢性化を起こすことも知られています。
 B型急性肝炎は、HBVに感染してから1-6ヶ月の潜伏期間を経て、全身倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、褐色尿、黄疸などが出現します。尿の色は濃いウーロン茶様であり、黄疸はまず目の白目の部分が黄色くなり、その後皮膚も黄色みを帯びてきます。一方、B型慢性肝炎では、一般に急性肝炎でみられる症状は出現しにくく、自覚症状はほとんどありません。しかしB型慢性肝炎では、しばしば「急性増悪」と呼ばれる一過性の強い肝障害を起こることがあります。この際には急性肝炎と同様に、全身倦怠感、食欲不振、褐色尿、黄疸が出現することがあります。
 B型急性肝炎になると上記の症状が出現しますが、一般に数週間で肝炎は極期を過ぎ、回復過程に入ります。発症時には後述のHBs抗原、HBe抗原が陽性ですが、1-2ヶ月でHBs抗原、HBe抗原は陰性化し、その後HBe抗体、HBs抗体が順次出現します。一方B型慢性肝炎は母児感染でHBVに感染した人などの持続感染者に起こりますが、出生後数年〜十数年間は肝炎は発症せず、HBVは排除されずに患者さんの体内で共存しています。ところが思春期を過ぎると自己の免疫力が発達し、もともと生まれたときから体内に存在したHBVを病原菌であると認識できるようになり、白血球(リンパ球)がHBVを体内から排除しようと攻撃を始めます。この時リンパ球がHBVの感染した肝細胞も一緒に壊してしまうので肝炎が起こり始めます。一般に10-30才代に一過性に強い肝炎を起こし、HBVはHBe抗原陽性の増殖性の高いウイルスからHBe抗体陽性の比較的おとなしいウイルスに変化します。HBe抗体陽性となった後は、多くの場合そのまま生涯強い肝炎を発症しません。このように思春期以降一過性の肝炎を起こした後はそのまま一生肝機能が安定したままの人がおよそ80-90%、残りの10-20%の人は慢性肝炎へと移行し、その中から肝硬変、肝臓癌になる人も出てきます。
B型肝炎のウイルス検査には以下のものがあります。
 ①HBs抗原:HBVの感染を調べるには、まずHBs抗原の血液検査を行います。HBs抗原が陽性なら、100%HBVに感染していると考えられます。逆にHBs抗原が陰性なら、ほとんどの場合、HBVに感染していないと考えて差し支えありません。
 ②HBe抗原、HBe抗体:HBs抗原陽性ならば、次にHBe抗原、HBe抗体を調べます。一般にHBe抗原陽性、HBe抗体陰性の場合は、HBVの増殖力が強く、肝炎の程度が強く、他の人への感染の可能性が高いと考えられます。一方でHBe抗原陰性、HBe抗体陽性の場合は、HBVの増殖力が弱く、肝炎は沈静化し、他の人への感染の可能性が低いことが多いのですが、これには例外がしばしばあります。仮にHBe抗体陽性であっても、肝炎が徐々に進行して肝硬変になったり、あるいは肝炎が進行しなくても肝臓癌になることがあるので厳重な注意が必要です。
 ③HBs抗体:B型急性肝炎を発症して治癒した人、あるいはB型肝炎ワクチンを接種した人はHBs抗体が陽性となります。HBs抗体が陽性の人は、仮にHBVが体内に入ってきても、ウイルスは排除され、肝炎を発症することはありません。HBs抗体はいわゆる中和抗体として働きます。
 ④HBVDNA:HBVのウイルス量を具体的に数値化したものがHBVDNAであり、特にインターフェロン(IFN)治療や抗ウイルス薬を使用し、その治療効果を見るときに有用です。通常HBVDNA値は対数表示され、ウイルス量が「6.0」と表示されればHBVが106個いることになります。HBVが「7.0」から「5.0」に減った場合は107個から105個にすなわちHBV量が1/100になったことを意味します。ウイルス量が少なくなると「1.8未満」「検出せず」などと、非常に低い値で表示されますが、仮に血中ウイルス量が「1.8未満」「検出せず」となっても、多くの場合HBVは肝臓内に存在し、決してウイルスが消失したわけではないので、この点を忘れてはいけません。
肝機能を調べる検査としては以下のものがあります
 ①AST (GOT)/ALT (GPT):肝炎を発症しているかどうか、また生じた肝炎の程度を調べるには、AST (GOT)/ALT (GPT)の血液検査を行います。正常値は施設によって異なりますが、40-50 IU/ml未満。急性肝炎、慢性肝炎の時AST/ALTは異常高値となります。AST/ALT値が高ければ高いほど、肝炎の程度は強いと言えます。AST/ALTの異常高値が長期間続くと 慢性肝炎から肝硬変へと進行します。一般にAST/ALTの数値が高ければ高いほど、肝炎を患った期間が長ければ長いほど、肝硬変になりやすいといわれていますが、B型慢性肝炎の患者さんは、20代の頃から、時に激しい急性増悪を繰り返しているため、比較的若い30-40才代で肝硬変が完成していることが少なくありません。
 ②血清ビリルビン値:急性肝炎あるいは肝硬変で肝臓の機能が著しく低下すると、黄疸が出現します。この黄疸の程度の指標になるのが、血清ビリルビン値です。正常値は1-1.5mg/dl以下で3.0mg/dl以上になると眼球結膜あるいは皮膚が黄色くなる「黄疸」が出現し始めます。
 また肝炎の進展の程度を知るために、特に慢性肝炎や肝硬変の人に対して肝臓の組織の一部を腹腔鏡あるいは腹部超音波装置を用いて採取することを肝生検といいます。特殊な染色を行い、顕微鏡で肝臓の組織を詳しく調べます。肝生検によって慢性肝炎か肝硬変か、慢性肝炎の程度は軽度か進行しているか、などが分かります。
慢性B型肝炎患者の人に持続感染しているHBVは基本的に完全排除することは出来ません。慢性C型肝炎の場合にはHCVに対するIFN療法、あるいは直接作用型抗ウイルス薬の内服治療により、かなり高率にウイルスの完全排除が期待できますが、HBVに対してはIFNを用いても、後述の核酸アナログ製剤を用いてもウイルスの完全排除は期待できません。これがHBVに対する治療とHCVに対する治療の根本的な違いです。慢性B型肝炎の治療の目的は、慢性肝炎の沈静化(ALTの正常化)と、その後の肝硬変への移行・肝細胞癌発症の阻止にあります。急性B型肝炎は基本的に保存的加療がなされます。抗ウイルス治療はB型肝炎ウイルスを排除する治療です。B型肝炎ウイルスは自然経過において排除抗体(HBs抗体ないしHBe抗体)を取得し、ウイルスの活性化が沈静化していき、これを「セロコンバージョン(seroconversion)」と呼ばびますが、抗ウイルス治療はこれを促していくことを目標としていきます。治療適応は「HBe抗原陽性無症候性キャリア」・「慢性B型肝炎」・「B型肝硬変」です。
 抗ウイルス治療は、インターフェロン(IFN)と、核酸アナログ製剤で行われます。核酸アナログ製剤は一度開始すると終生継続していく必要性があることと、まれに耐性ウイルスが出現することも多く、それによる急性肝炎(breack through hepatitis)が発生することも少なくありません。核酸アナログ製剤としては以下のものがあります。
①ラミブジン Lamivudine(ゼフィックス Zefix®):LAM 元々HIV治療薬として開発されました。耐性ウイルス出現が多く、近年は新規使用には用いられていません。②アデフォビル Adefovir(ヘプセラ Hepsera®):ADFラミブジン耐性のウイルス治療薬として承認されました。ラミブジン耐性ウイルス出現時にラミブジンと併用で用いられました。③エンテカビル Entecavir(バラクルード Bareclude®):ETV ラミブジンよりウイルス抑制作用が強力で、現在はほぼ核酸アナログ製剤として第一選択で用いられています。催奇形性があり、妊娠の可能性がある女性には投与できません。④テノホビル Tenofovir(テノゼット®):TDF 核酸アナログ製剤の次世代薬。元々は抗HIV薬(ビリアード®)として使用されており、日本・海外で広く認可されています。催奇形性が低いとされています。他にテルビブジン Telbivudine:LdT(Sebivo® Tyzeka®)やクレブジン Clevudine(Revoivir®)があります。
 基本的に年齢によって治療選択されます。35歳未満では免疫応答によるセロコンバージョンが期待され、免疫賦活作用もあるIFN治療が選択されます。ウイルス量が多い場合、肝炎が進行した人には核酸アナログ製剤との併用療法が行われます。35歳以上ではセロコンバージョンの可能性が低く、核酸アナログ療法によるウイルス抑制治療が選択されます。ウイルス量が多い場合、IFNとの併用療法が行われます。また、挙児希望の場合はIFNまたはTDF投与が行われます。
 IFN療法は自然経過でHBe抗原陽性がHBe抗体陽性にならずに、慢性肝炎の状態にある比較的若年者が治療の対象になります。IFNによって自己の免疫の力を強めて、激しい肝炎を起こしやすいHBe抗原陽性のHBVを、比較的おとなしいHBe抗体陽性のHBVに変えることが治療の主な目的です。B型慢性肝炎に対するIFN治療は、これまではHBe抗原陽性の場合に限って、従来型IFN製剤の週3回24週間投与が保険承認されていましたが、2011年に認可されたペグインターフェロンα2a製剤では、HBe抗原の有無にかかわらず週1回48週間投与が推奨されています。IFN療法が奏功すればIFN投与を中止してからも、そのままHBVは増殖せず肝炎は沈静化します。しかしIFNが効かずにHBe抗原が陰性化しない症例、IFNを中止するとHBVが再度増えて肝炎が再燃する症例も多く、IFN療法の奏功率は30-40%です。IFN療法を行うと開始当初に38度を超える発熱・全身倦怠感・関節痛・筋肉痛は必発です。但しこれらの副作用はIFNを継続して投与していくと徐々に落ち着き、数週後には多くの人では出現しなくなります。また白血球、赤血球、血小板の低下が起こります。これはIFNが血球を作る骨髄の働きを抑えるためです。糖尿病の人、また膠原病の人は、症状が増悪することがあります。時に間質性肺炎になる人もいます。またIFN治療中に時にうつ病になる人がいます。うつ病がひどくなると自殺する場合があります。うつ傾向が出てきたら、すぐにIFNを中止する必要があります。また眼底出血、脱毛、タンパク尿などが出現することがあります。核酸アナログ製剤は、直接薬の力でHBVの増殖を抑えて肝炎を沈静化させます。薬を飲んでいる間はHBVのウイルス量は低下し、肝炎は起こりません。しかしIFNと異なり、薬を中止するとほとんどの症例で肝炎は再燃します。一旦内服を開始してから勝手に核酸アナログ製剤を自己中止しますと、時に肝炎の急性増悪を起こし、最悪の場合肝不全で死に至る場合があります。絶対に核酸アナログ製剤を自己中止してはいけません。