熱中症

熱中症は、従来は熱失神(heat syncope)、熱痙攣(heat cramps)、熱疲労(heat exhaustion)、熱射病(heat stroke)のような用語が用いられていました。現在では病態は熱中症の程度の問題であることから重症度分類が用いられています。日本神経救急学会による熱中症の分類はⅠからⅢ度に分類されています。
 I度 ;めまい、立ちくらみ、気分が悪い、手足のしびれ、筋肉の痛み、硬直など(筋肉の「こむら返り」のことで、その部分の痛みを伴います。発汗に伴う塩分(ナトリウム等)の欠乏により生じます。“熱けいれん”と呼ぶこともあります。全身のけいれんはこの段階ではみられません)。意識は正常で体温、皮膚も正常で発汗があります。、現場での応急処置で対応できる軽症です。
 II度; 頭痛・吐き気・嘔吐・下痢・倦怠感・虚脱感・失神・気分の不快・判断力や集中力の低下、いくつかの症状が重なり合って起こります(体がぐったりする、力が入らないなどがあり、従来から“熱疲労”と言われていた状態です。放置あるいは誤った判断を行えば重症化し、Ⅲ度へ移行する危険性があります)。意識 は正常で体温は39℃までで、皮膚は 冷たく発汗があります。病院搬送が必要な中等症です。
 III度;意識障害・けいれん・手足の運動障害・おかしな言動や行動・過呼吸・ショック症状などが、Ⅱ度の症状に重なり合って起こります(呼びかけや刺激への反応がおかしい、体にガクガクとひきつけがある、まっすぐ走れない・歩けないなど)。高体温で体に触ると熱いという感触があります。従来から“熱射病”や“重度の日射病”と言われていたものがこれに相当します。 III度熱中症の診断基準は暑熱への曝露がある、深部体温39℃以上または腋窩体温38℃以上、脳機能・肝腎機能・血液凝固のいずれかひとつでも異常徴候がある、の3つを満たすものです。血液凝固は体温の過度の上昇によって体タンパク質が壊れ内出血をした結果、内出血を止めるために血液が凝固するために起こります。入院して集中治療が必要な重症です。
 熱中症になりやすいのは5歳以下の幼児、65歳以上の高齢者、肥満者、脱水傾向にある人(下痢等)、発熱のある人、睡眠不足、遺伝的素因(CPT-2と呼ばれるエネルギー代謝・産生に関係する酵素に特定のSNPをもつ)と、高体温でのエネルギー代謝が活発な場合などです。熱中症になりやすい状況として、気温が高い(25度以上)、湿度が高い(60%以上)などの環境条件(気温や室温が20度くらいでも、湿度が80%以上ある場合は要注意)、体調がよくない、暑さに体がまだ慣れていないなどの個人の体調による影響、日本では、日差しが強く気温も高い7.8月に多く発生し、時間帯は午後2時から5時の間の発生が多いです。戸外の炎天下、直射日光を長時間浴びてしまうような場所はもちろんのこと、室内や夜間でも多く発生しています。就寝中など室内で熱中症を発症し、救急搬送されたり、亡くなられたりする事例も報告されています。しかし、急に暑くなったりする5月の連休明け頃の熱中症も決して少なくありません。また特に、暑くなりはじめや、急に暑くなる日、熱帯夜でクーラーで体を冷やしてしまった日の翌日など、急激な温度変化がある時に熱中症を引き起こします。梅雨の時期など、比較的涼しいと感じる20度くらいの時でも、雨のため湿度が80%以上あるときは汗が出にくくなり、熱中症になる恐れもあります。 
熱中症の予防は暑熱馴化を行います。出来るだけ薄着として、直射日光下では帽子を被ります。吸湿性や通気性の良い衣類を着用するようにします。湿度が低い場合でも、気温が35℃(乾球温度計)以上の場合は特別な場合をのぞいて運動を禁止します。31℃以上の場合は激しい運動は中止し、体力の弱いものや暑さになれていない者などは禁止です。湿度が高い場合は、27℃以上で運動を禁止、24℃以上では激しい運動を中止し、体力の弱いものや暑さになれていない者などには禁止します。27℃以上では室内外の冷却や、直接的な体内や体表面の冷却により体感温度を下げ、体内の水分・塩分が失われないような環境を作ることが一番重要な予防法となります。体感温度を下げる方法として、日射を防ぐ、通風を確保する、扇風機の風を作業場所へ向ける、スポット冷房する、作業服の内部へ送風する(そのような機能を持った作業服を着用する)、蓄冷剤を利用する、水の気化熱を利用して体温を下げるなどの工夫を行います。手や顔を洗って水で湿らせたり、低温や水のシャワー(急に冷水を浴びる場合は心臓への負担等十分な注意が必要)を浴びます。屋外においてはミストなどを利用することで、発汗させずに体感温度を下げることが効果的です。冷たいものを摂取することで、体内からも冷やします。多量に摂取した場合、おなかを壊す場合もあるので摂取量には注意が必要です。
 暑いときの運動として水泳を取り入れます。水中での運動をしている限り、熱中症の可能性はとても低いですが、水中以外で補強運動などが行われる場合は他の運動時並の注意が必要です。体感温度を下げられない環境下において、発汗がやむをえない場合は、発汗の量に合わせた水分・塩分補給が必要です。発汗によって失った水分と塩分の補給をこまめに行います。スポーツドリンクなど塩分と糖分を飲みやすく配合した飲み物も良いです。また、発汗量が少ないにもかかわらず多量に水分補給をしすぎた場合、逆に水中毒を発症する可能性があります。また家庭内など比較的運動していない場合に多量に摂取すると、ペットボトル症候群の危険もあるため糖分の摂取には注意する必要もあります。水分補給は多すぎず少なすぎず、適度な量の水分補給を行うことが重要です。運動・就労前に内臓(胃など)の負担にならない程度に適度の水分を取ります。塩分の補給には味噌汁やスープなど塩気の感じられる飲料が体液と塩分(塩濃度)が近く最適です。ただし、水だけを飲みすぎると体内の塩分濃度が薄まるだけでなく尿としても水分等が排出されてしまい、脱水症状を引き起こすので適度な電解質の補給も必要です。
 熱中症の応急措置は冷却と経口摂取による水分補給が基本となりますが、経口摂取が難しければ点滴を行います。具体的な処置例を以下に列記します。
①経口補水液またはスポーツドリンクなどを飲ませます。ただし、冷たいものを大量に飲ませると胃痙攣がおきることがあるので注意が必要です。また、スポーツドリンクではナトリウム濃度が低いため、病的脱水時にこれを与えると低ナトリウム血症から水中毒を誘発する可能性がある。特に乳幼児等には注意が必要で、経口補水液の投与が望ましい。手近な物としては味噌汁などが極めて有効です。夏場の重労働などでは早め早めの飲用がトラブルを防ぐ重要なポイントになる。経口塩分の過剰摂取には短期的に生命の危険になる可能性はほとんどない(心不全等を除く)ため、量は多目でかまいません。②霧吹きで全身に水を浴びせて、気化熱によって冷やす。霧吹きがないときは、口に水を含んで吹きかけても良いです。そのときの水は冷たくなくてかまいません。一気に水をかけるとショックが大きいので、冷たい缶ジュースや氷枕などを腋の下、股などの動脈が集中する部分にあてて冷やすのが良いです。③涼しい場所で休ませます。木陰やクーラーの効いたところで衣服を緩めるのが良いです。近くにそのような場所がないときは、うちわなどで早急に体を冷やします。④速やかに病院などに連れて行く。躊躇せずに救急車を呼ぶ。移動させるのに人手が必要と思えば大声で助けを呼びます。汗をかいていないとしても、体温が高くなくても熱中症の可能性はあります。脱水していれば、汗をかくことができません。④体温調整が出来なくなっているためか、高温多湿の体育館内での運動中などに寒気を訴える場合があり、そういったときは熱中症の兆候を疑ってみた方が良いです。⑤自覚症状で熱中症だと感じることはまずありません。自分で大丈夫だと思っても「おかしい」と思った時にはもう遅い可能性があるので、上記を参考に十分注意する必要があります。いずれにせよ早めの対処が肝要です。