くも膜下出血

くも膜下出血(クモ膜下出血):脳の表面の太い血管が「動脈瘤」などが原因で切れて、脳の表面に出血を起こすものです。脳の表面は軟膜という柔らかい膜が密着して包んでいます。この上を、くも膜という別な膜が覆っています。この軟膜とくも膜の間のわずかな隙間を「くも膜下腔」と呼び、脳を衝撃から保護するための「脳脊髄液」という液体で満たされています(お豆腐のパックの中の水を想像して下さい)。脳の血管の比較的太い部分は脳の表面、このくも膜下腔の中を走っています。そこで脳の血管の太い部分が切れた場合、血液は脳の中に出血せずに、脳の表面のくも膜下腔の中に広く散らばった状態で出血します。元々くも膜下腔には「脳脊髄液」が流れる隙間がありますから、この隙間が出血に置き換わってしまうわけです。脳には元々感覚の神経がありません。そのため、脳の血管が詰まったり、切れたりして脳が破壊されても痛くないことが多いのです。しかし、くも膜下出血の場合くも膜下腔に出た血液が脳の太い血管を圧迫したり、頭の中の圧力をあげたりすることによって激しい頭痛を引き起こします(脳の血管の太い部分には感覚があります)。くも膜下出血の症状・発作は、強烈な頭痛、吐き気・嘔吐、項部硬直などです。これらの症状を髄膜刺激症状といいます。膜刺激症状は、クモ膜下出血を発症するとほとんどの場合見られますが、脳梗塞や脳出血の症状としてよく見られる麻痺や失語などの神経症状は、くも膜下出血では見られないことが多いです。
くも膜下出血の特徴的な症状はいつ始まったとはっきりわかる激しい頭痛で、出血した瞬間(頭痛が始まる瞬間)には意識を失うことが非常に多いです。また、頭痛の経過はじわじわと痛くなっていく、徐々に悪化していくのではなく、「突発した頭痛が起こり持続する」のが特徴です。比較的軽症な場合は頭痛のみが症状ですが、重症になると麻痺、意識障害を伴いますし、もっと重症な場合は即死してしまう場合も多いのがこの病気の特徴です。通常は、大脳動脈の動脈瘤の破裂や、脳の内部や周囲にある動脈や静脈の血管奇形が原因です。動脈内の血圧によって動脈瘤が破裂すると、出血と脳卒中が起こります。動静脈奇形は生まれつきあるものですが、症状が現れて初めてその存在が明らかになります。動静脈奇形は、青年期から成人期に出血して突然の虚脱、脳卒中、死亡をもたらすことがあります。まれに、アテローム動脈硬化や細菌感染によって血管が傷ついて破裂することがあります。くも膜下出血は、頭部外傷によっても起こります。くも膜下出血は、脳卒中の中で唯一男性よりも女性に多く起きています。くも膜下出血の原因となる動脈瘤は、破裂するまではまったく症状が現れません。しかしときには、神経が圧迫されたり、大きな破裂の前に少量の血液が漏れ出したりして、頭痛、顔面痛、複視その他の視力障害など、危険な徴候が現れます。これらの危険な徴候は、動脈瘤が破裂する数分から数週間前に現れるので、ただちに医師の診察を受け、大出血を防ぐ手順を踏んでください。破裂すると、突然の激しい頭痛の後に、しばしば短時間意識を失います。中には昏睡状態のままの人もいますが、より多くの人は錯乱と眠気を伴った状態で目覚めます。脳の周囲にある血液と脳脊髄液が、脳を覆う組織の層である髄膜を刺激して、頭痛、嘔吐、めまいを引き起こします。心拍数と呼吸数が頻繁に変動し、けいれん発作を伴うこともあります。数時間から数分以内に、再び眠気に襲われて錯乱します。約25%の人に神経学的症状、通常は体の片側の麻痺が起こります。くも膜下出血は、出血場所が正確にわかるCT検査を行って診断します。脊椎穿刺は、脳脊髄液中のわずかな血液でも検出できるので、必要に応じて行われます。診断を確定し、出血を引き起こしている動脈瘤や動静脈奇形の場所を特定するために、脳血管造影が72時間以内に行われ、所見にしたがって手術が行われます。 
 くも膜下出血になってしまうと、最悪の場合即死してしまいます。一般に、くも膜下出血の患者さんのうち約1/3の方は出血と同時に死亡してしまう、あるいは何とか病院には運ぶことができたものの重症過ぎて死亡してしまうか寝たきりの状態になってしまうといわれています。逆に、約1/3の方が何らかの後遺症を残され、残りの1/3の方は順調に経過してご自宅に退院、社会復帰を果たされるといわれています。くも膜下出血が起きたときには、ただちに入院して安静を保ちます。アスピリンや他の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)ではなく、オピオイドなどの鎮痛薬がひどい頭痛の治療に使われます。脳圧を下げるためにドレナージチューブが脳に留置されることがあります。カルシウム拮抗薬のニモジピンは動脈れん縮を抑えるために使われます。この薬は、遅れて現れる動脈れん縮や脳梗塞を防ぐ効果があります。くも膜下出血から数日後より2週間目頃までの間に、くも膜下腔を走っている比較的太い脳の血管がけいれんを起こして細く縮んでしまう現象が起こります。この現象を脳血管攣(れん)縮と呼ぶのです。動脈瘤の破裂によって脳の周りに出た血液は、約2週間程度の間に次第に分解され吸収されていきます。しかし、血液が分解される過程で、様々な「活性物質」と呼ばれる物質がくも膜下腔内に出てきます。こういった活性物質が脳の血管に作用して血管を収縮させると考えられています。脳の血管が縮んで細くなってしまうわけですから脳に血液が不足してしまい、最悪の場合には脳梗塞となってしまいます。
 症状としては、まず頭痛(これはくも膜下出血後はずっと続いていることが多いのですが)がだんだんひどくなり食欲が低下してくることが多いようです。実際に脳の血液が足らなくなってくると、手足の麻痺症状、混乱などの意識障害、言語障害が出てきます。進行を止めることができなかった場合には麻痺や痴呆などの後遺症を残したり、死亡することもあります。動脈瘤がある人には、動脈瘤をクリップするか、動脈瘤への血流を遮断するか、あるいはもろくなった動脈の血管壁を補強して、致死的な出血のリスクを減らす手術があります。これらはどれも困難な手術で、特に昏迷や昏睡状態に陥っている人は死亡のリスクが高くなります。手術の最適のタイミングについては異論があり、病状に基づいて決めなければなりません。ほとんどの脳神経外科医は、症状が現れてから3日以内に、脳が腫れて炎症を起こす前に手術を行うことを勧めています。手術が10日以上遅れると手術によるリスクは減りますが、様子をみている間に、出血が再発しやすくなります。一般的な手術は動脈瘤を金属クリップで留める方法(図)で、血液が動脈瘤の中に入らないようにして破裂を防ぎます。クリップは、永久的にその場所に残します。何年も前にクリップを埋めた人は、MRI検査を受けることはできませんが、最近の新型クリップであれば磁気の影響を受けることはありません。代替手術は、神経血管内手術と呼ばれる方法で、コイル状のワイヤを動脈瘤の中に挿入します。コイルは、動脈に挿入したカテーテルを使って動脈瘤まで誘導します。この手術は、頭蓋を開く必要がありません。コイルが動脈瘤を通る血液の流れを遅くするため、瘤内の血栓形成を促進して、動脈瘤をふさいでしまいます。
 動脈瘤によるくも膜下出血患者の約35%は、最初の発作で脳が広範囲にダメージを受けて死亡し、15%は再出血により2ー3週間以内に死亡します。6カ月間生存して動脈瘤の手術をしなかった場合は、その後再破裂するリスクは毎年3%になります。原因が動静脈奇形による場合は、良い経過をたどります。ときどき、小さな奇形による出血は、すでにそれ自体の血流が止まっているために、脳血管造影でも見つからないことがあります。これらの症例の経過は非常に良好です。ここで大切なのは、これらの手術はあくまでも「再出血を防いで」これ以上「脳のダメージが重くなる事を防ぐ」ことが目的なのです。ですから、けして「手術で脳のダメージが軽くなる」わけでも「手術でくも膜下出血自体が良くなる」わけでもありません。ですから、患者さんの状態があまり重症な場合、手術自体の危険が高い場合は手術を行えない場合があるわけです。
 脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血をきたした場合には、生命に危険が及ぶか脳の後遺症を残す可能性が高く、それを予防するためには破裂防止の処置が必要となります。未破裂脳動脈瘤に対して現在のところ、薬物を中心とした内科的治療では破裂を防止する事は不可能で、物理的に脳動脈瘤内への血流を遮断する必要があります。これには大きく二つの方法があり、一つは開頭手術を行い、動脈瘤の根元に特殊クリップをかける方法でクリッピング術と呼ばれています。もうひとつは動脈瘤内にプラチナ製のコイルを詰めて動脈瘤を閉塞する方法でコイル塞栓術(血管内手術)と呼ばれます。前者は長い歴史に裏打ちされた確実な治療で、現在でも最も信頼の置ける治療法と考えられています。治療中に出血しはじめた際でも対処が可能である点は、大きな利点です。しかし、全身麻酔が必要で頭蓋骨を開けなくてはならない、手術で脳または脳表の血管に触れるため障害が出る可能性が皆無ではない、脳の深部などに発生した特殊な動脈瘤の場合、視野が限られ手術操作が難しい、などの不利な点もあります。これに対してコイル塞栓術では、局所麻酔下に大腿部の穿刺のみで可能であり、頭を開ける必要はない、脳に全く触れることなく治療が可能である、脳の深部でも大きな技術的困難は無い、などの優れた特徴を持っています。しかしこの治療も万能ではなく、治療中に出血をきたした場合には対処が困難で、生命に危険が及ぶことがある、血管内に血栓(血の塊)ができて、動脈瘤の周囲やその先で血管を閉塞して脳梗塞を起こすことがある、コイルがずれたり飛び出したりする事があり、これにより正常な血管を閉塞し脳梗塞を起こす可能性もある、脳梗塞を起こした場合、麻痺や言葉の障害、知能や意識の障害が出現し、さらに生命に危険が及ぶこともありうる、治療が不充分な場合、動脈瘤が大きくなったり、破裂する事がありえる、治療法として有効であると報告されているが、歴史が浅いため長期治療成績が充分解明されていない、などの問題点も有します。しかし、最近の報告では、むしろ開頭クリッピング術よりも血管内治療のほうが優れている場合もあると考えられています。一般にコイル塞栓術の適応となると考えられるのは脳の深部や頭蓋骨底部に脳動脈瘤があり、手術が困難または治療リスクが高いと考えられる脳動脈瘤、全身や脳の状態が不良で、全身麻酔が危険と考えられる場合、高齢で手術や麻酔のリスクが高いと考えられる場合、患者様が血管内治療を希望される場合などです。
 未破裂脳動脈瘤に関しては、血管内治療(コイル塞栓術)と開頭手術(クリッピング術)を比較した多施設共同無作為臨床試験はまだ実施されていません。過去治療例の分析研究によると血管内治療は開頭手術(クリッピング術)と比べて、リスクの減少・入院期間・回復期間の短縮が認められていることが分かっています。研究からは以下のことが示されています。クリッピング術を受けた患者さんの平均入院期間は、血管内治療の患者さんの2倍以上です。クリッピング術後に新たに症状や障害が出現する割合は、血管内治療の4倍と高くなっています。またその症状や障害の回復期間について、大きな違いが認められました。ある試験によると、クリッピング術を受けた患者さんの平均回復期間が1年であるのに対して、血管内治療の患者さんの平均回復期間は27日間でした。