狭心症

狭心症というのは多くの場合動脈硬化によって起こった冠状動脈の狭窄によって起こる心臓の一過性の虚血のことをいいます。すなわち狭心症というのは多くの場合動脈硬化が起こる年齢で出現してきます。男性ならば50歳前後、女性ならば60歳前後からです。女性の場合は50歳前後まで生理があり、生理があるということは女性ホルモンが出ているということです。この女性ホルモン、エストロジェンといいますが、強力な抗動脈硬化作用があるのです。従って女性は男性より動脈硬化の進展が遅く、また長生きできるということになります。したがって、狭心症のリスクファクター(危険因子)というのは動脈硬化の危険因子と共通となります。高コレステロール血症、糖尿病、高血圧、ストレス、肥満、運動不足、喫煙などがあげられます。人間の血管には動脈と静脈があり、動脈には肺できれいになった酸素の豊富な真っ赤な血液が流れています。人間の体のほとんどはこの動脈の血液、動脈血で栄養されているのです。従って動脈がつまるとその部位が腐ってしまうことになります。頭の動脈がつまると脳梗塞、肺の動脈がつまると肺梗塞、腎臓の動脈がつまると腎梗塞、腸に分布する動脈がつまると腸管膜動脈閉塞症といわれ、名前は変わっても病態は同じです。心臓の血管がつまると心筋梗塞となります。心臓を栄養している血管は冠状動脈(冠動脈)といわれ、心臓の表面を走行しています。心臓は筋肉でできており収縮と拡張を繰り返していますから、心筋の中を走行していると血管が心臓に押しつぶされることになります。表面を走行しているのは非常に合理的なのです。冠動脈は大動脈の起始部からすぐに分岐しており、右冠動脈、左冠動脈の2本があります。さらに左冠動脈は前下行枝と回旋枝にすぐに分岐します。したがって右冠動脈とともに大きな血管は3本あるのです。この血管がつまると心筋梗塞になるというわけです。また血管は分岐していきますから、根元の方であればあるほど広範囲に心筋梗塞になり重症となってしまいます。血管が分岐していくことによってどの部位でつまるかによって重症度、予後が全く違ったものとなってきます。狭心症はこの冠動脈が動脈硬化によって細くなり、心臓に血液不足が起こってしまった状態ということになります。ニトログリセリンを舌下すると血管が拡張するために動脈血がよく流れるようになって、狭心痛が改善するのです。
 狭心症の症状としては様々なものがあり一定のものはありません。典型的な場合は前胸部に締扼感といって締めつけるような痛みが出現し、約5分以内で改善することが多いものです。しかし、動悸、刺すような痛みを訴えることもあり、場所も前胸部から左胸、右胸、左肩、みぞおち、首、のどなど色々なところに出現します。時には胃潰瘍や歯痛と間違えることがあるくらいです。その出現時期も運動しているとき、安静にしているとき、寝ているとき、急に寒いところに出たとき、興奮したときなど様々です。
狭心症の分類
 労作性狭心症---これは労作すなわち運動、仕事などの体を動かすことによって起こる狭心症です。運動することによって心臓は心拍数が上昇します。また一過性に血圧が上昇します。そうするとその血圧に打ち勝って速い頻度(心拍数)で心臓は血液を送り出そうと運動することになります。この時もし心臓を栄養している冠状動脈が狭くなっていると(狭窄していると)、心臓自体に環流する血液が足らなくなってしまいます。すると心臓の虚血が起こり、胸痛が起こるというわけです。
不安定狭心症---労作性狭心症というのは細くなった冠状動脈のため心拍数が増加した際に狭心症発作を起こすのですが、不安定狭心症ではほんの少しの労作や安静にしていても発作を起こす状態です。これは冠状動脈の狭窄がきわめて高度であるため安静時の心臓の動きに対しても血液不足を起こしてしまった状態なのです。体をじっと安静にしていても心臓は拍動しているのです。
安静狭心症(異型狭心症)---安静狭心症というのは労作に関係なく安静時、特に夜間就寝中に起こりやすい狭心症です。これは軽度の狭窄のある冠状動脈が局所的に高度に一過性に狭窄して不安定狭心症のようになってしまう状態です。動脈のこの一過性の狭窄を攣縮(れんしゅく)と呼びますが、動脈には筋肉がついていてこれが収縮するために血管が収縮してしまうのです。お酒を飲んだり、風呂上がりには体が赤くなりますが、これは皮膚の血管が拡張している状態です。逆に寒くなったりすると血管が収縮するのです。この攣縮がなぜ急に起こるのか、睡眠中に起こるのかについて詳しいメカニズムは解明されていませんが、一般に交感神経の関与があるとされています。またこのタイプの狭心症は夜間に起こることが多いものですから、よほど胸痛がきつくないと本人も気がつかないということがあります。
狭心症の診断①
 狭心症はその症状が常にあるわけでなく、多くの人が医師が診察するときには症状が消えてしまっています。症状が典型的であれば、症状だけで診断がつきます。最も典型的な場合は胸骨あたりに圧迫感または痛みを感じます。痛みは左肩、左腕の内側、背中、のど、アゴ、歯で起こることがあり、右腕で起こることもあります。痛みは不快な感じと感じることもあります。労作性狭心症では身体活動によって誘発され、数分を超えては続かず安静にしていれば治まります(治まらなければ心筋梗塞になります)。またある程度の運動をすると(坂道や階段を歩いたりすると)、狭心症が起こると予測できる患者さんもいます。食後の運動の後にひどい狭心症が生じることが多く、また寒い時にも悪化します。異型狭心症では夜間睡眠時に起こり、特に深夜2時前後と明け方に起こりやすいようです。 狭心症の診断のための検査ははこの発作時の心電図変化をとらえるか、わざと狭心症を誘発して変化をみる方法、冠動脈そのものを造影してみてみるということになります。
 安静時心電図---ふつうの心電図で、これではそのときに発作を起こしていない限り、診断できないことの方が多いです。
 ホルター心電図---24時間一日中、心電図をつけておくもので、その間に起こった心電図変化を記録します。しかし毎日必ず発作が起こるという場合でないと、発作時の心電図変化を捕まえることができないこともしばしばあります。
 運動負荷心電図---これは患者さんに心電図をつけながらベルトの上で歩いてもらったり、自転車をこいでもらったりして心電図変化をみるものです。つまり運動負荷をかけて狭心症発作を誘発するものです。しかしわざと発作を誘発するのですから、心筋梗塞になってしまうなど危険も多く、最近ではあまり行われません。また、不安定狭心症ではいつ心筋梗塞になるかわかりませんから行わないのがふつうです。異型狭心症では検出できないことがしばしばです。その他の検査について次回述べたいと思います。
狭心症の治療
 狭心症はこれまで述べてきたように心臓自体の血液不足の状態ですから、それ以上の血液不足の状態に陥れないように心臓自体の運動量を減らす必要があります。したがって発作が起こったときのまずとるべきことは運動を中止し、安静にすることが必要です。基本的な治療は薬物療法が中心となります。重症の場合、カテーテルによる治療、外科手術などが行われますが、こうした手術を行っても薬物治療は継続される場合がほとんどです。
①薬物治療
 狭心症に用いられる薬は数多くのものがありますが、その使い方を間違うとかえって発作を誘発することもありえます。したがって狭心症の治療は必ず、内科医特に循環器専門医の資格を持った医師に治療を受ける必要があります。薬剤は組み合わせで色々な使い方がありますが、各薬剤の特徴は次のようなものです。
ニトロ製剤---ニトログリセリン製剤は古くから使われている狭心症治療薬です。これは血管を広げる作用があり、狭窄(きょうさく)した冠動脈を拡張させ、冠動脈血流を増加させるとともに心臓の負担をとる作用があります。薬物の剤形として、舌下錠、経口薬、貼付薬があります。舌下錠は発作が起こったときに舌の下に入れるもので、1分以内に溶けてしまいます。これにより口腔内の粘膜からすぐに吸収され全身に運ばれますので即効性があり、かつ安静狭心症にも労作性狭心症にも有効です。内服薬や貼付製剤は長期に使用した場合、耐性ができやすくなるので専門医に相談することも必要です。耐性とはニトロ製剤を長期使用することによってニトロの効きが悪くなる状態をいいます。これを防ぐ方法はありますが、専門医にご相談ください。
 Ca(カルシウム)拮抗薬---これは安静時狭心症のような冠動脈の攣縮(れんしゅく;スパズム)を予防するために用いられます。また血圧を下げることによって心臓の負担を減らす働きもあります。一部のCa拮抗薬は心拍数を減らす作用がありますのでこの作用のために用いることもあります。多くのものは血圧を下げる作用がありますので血圧が低い人には使いにくいのですが、副作用が少ない薬剤です。ただ労作性狭心症、心筋梗塞後の狭心症では患者さんの予後の改善にはならないという報告があり患者さんに応じて使用されるべきでしょう。
 β(べーた)ブロッカー---この薬剤は心臓の心拍数、収縮力を抑制する働きがあります。狭心症は心臓が動くのに対して供給される血液が不足している状態ですから、心臓の動きを抑えてやればよいわけです。この薬剤の有効性は実証されています。ただ交感神経を抑制するものですから、気管支喘息、重症心不全のある患者さんには使いにくいのが欠点です。
 抗血小板薬---アスピリンを中心とした薬剤で、血栓を作るのを予防するものです。これにより狭心症から心筋梗塞への移行を防ぐものです。
 ワルファリン---これは血栓を予防するとともにできた血栓を溶解する作用があります。以前は狭心症、心筋梗塞にもよく用いられましたが、現在では心房細動、人工弁挿入などの場合によく用いられています。
 高脂血症治療薬---コレステロールを下げる薬ですが、これによって冠動脈の狭窄を予防、あるいは減少させることがその目的です。 狭心症の人はコレステロールを低めにコントロールします。
 狭心症の治療の目的は狭心症発作を抑制し、生活の自由度を高めること、心筋梗塞に移行しないようにすることが主たる目的となります。一般的には薬物療法が行われますが、冠動脈の狭窄を改善する血行再建術が行われることがあります。この血行再建術には内科医が行う経皮的冠動脈介入術(PCI:percutaneous coronary intervention)と外科医が行う冠動脈バイパス手術(CABG)があります。
②PCI
 これは風船付きの管(バルーンカテーテル)を足の付け根か上肢の動脈から挿入し、心臓の冠動脈にまで挿入するものです。そして狭窄した冠動脈を拡張します。場合によってはカテーテルの先端についたバーで動脈硬化の部分そのものを削ったりする方法もあります(ローターブレーター)。また直接動脈内のコレステロールの固まりを削り取る方法(DCA)もあります。これらの方法は血管を造影することによってその狭窄の形状から選択されます。ローターブレーターとDCAは心臓血管外科がある施設でないとできないことになっています。
 さらに拡張した血管の中にステントといわれる金属でできた網目状のものを入れることが多くなっています。これは冠動脈を拡張しても、しばらくしてまた狭窄してしまう再狭窄という状態になることが多いからです。このステントはずっと入れっぱなしになります。入れておいても問題とはならないのですが、異物が血管の中に入りますからかえって血栓を作ってしまうことがありますので治療後3~4ヶ月は血栓予防の薬を飲んでもらうことになります。またステントを入れても再狭窄が20~40%に再狭窄が見られます。したがって血管を拡張した場合、3~6ヶ月後に冠動脈を撮影して再狭窄がないかどうかを検討する必要があります。最近はこの再狭窄を予防する薬をカテーテルから投与することが行われるようになってきています。PCIの合併症としてはカテーテル挿入部位の出血や発熱などのほか、急性の冠動脈閉塞、冠動脈解離、心筋梗塞の発症などの重篤な合併症が0.3%程度(300人に1人)の割合で起こるとされています。0.3%というと多いように思われますが、他の外科手術に比べれば低い頻度です。
③外科治療
狭心症の治療で外科医が行うものに冠動脈バイパス手術(CABG)があります。これは狭くなった冠動脈を迂回する形で血管をつないで血流をバイパスするものです。つまり、図のごとく冠動脈の細くなっている部分より下流の冠動脈と大動脈をバイパス血管でつないだり、心臓の近くにある動脈の行き先を、狭くなっている部分より下流の冠動脈へ付け替えるものです。したがって、どこの部分に吻合部をつくるかが問題ですので、必ず血管造影をして、狭窄部位を確認する必要があります。手術を行うと、85%の患者さんでは劇的に症状が改善します。
 CABGの主な適応としては①左主幹部病変、②3枝病変、③2枝病変で、1枝が大きな前下行枝の近位部で、経皮的冠動脈介入術(PCI)が困難な部位、④経皮的冠動脈介入術後再狭窄を繰り返す場合、経皮的冠動脈介入術後の急性冠閉塞などがあげられます。バイパス血管として用いるのは自分の大伏在静脈(内くるぶしから大腿部の内側に上行する静脈)、内胸動脈(胸骨の裏を縦走する動脈)、胃大網動脈(胃の下側を走る動脈)、とう骨動脈(前腕の親指側の動脈)などが用いられます。
 原則としてCABGは人工心肺を使って、大動脈を遮断し一度心臓を停止させて手術が行われます。しかし最近では病変が1カ所であるとか、前下行枝である場合には人工心肺を用いずに、すなわち心臓を停止させずにバイパス手術が行われるようになってきています(オフ・ポンプ手術)。この場合、非常に合併症が少なくてすみ、また入院期間も短縮できる利点があります。
 手術で合併症が生じなければ、3~4週間の入院で退院が可能です。手術成功、予後の改善のポイントは心臓の機能がどれだけ良いかということが最大の問題となります。心機能が良好で、大きな他の疾患がない場合、手術による死亡率は1%以下です。
 バイパス手術の問題点としては静脈グラフト(大伏在静脈)は術後5年ほどで約1/3が閉塞してしまうことです。したがって、外科医はできるだけ動脈グラフトを用いようとします。
 また手術をしても、動脈硬化の進展を防ぐためにコレステロール値を下げたり、血圧を下げたり、糖尿病のコントロールをきちんとしなければならないのは当然のことです。